「調節の仕組みと生体のサインについて」の6項目、運動器疾患についてです。
6)運動器症状と起立不能
正常な運動器の機能
まず簡単に、正常な運動器の仕組みをおさらいします。
運動器は
身体を支える
身体のバランスをとる
身体を運ぶ
ために、
骨格、関節、筋肉、神経があります。関節は腱で接続されています。
骨格と関節で身体の芯を作り、筋肉を使ってバランスを取ったり移動したりします。その指令は脳や脊髄から、神経を通って伝達されます。
運動器症状の種類
前記の運動器の基本を抑えたら、症状を見ていきましょう。
立たない
「動物が立たない」というのは、どういうことでしょうか?
ここでも「立たない病気は…。」と病名を探して診断しようとするのはやめましょう。
いつものように、正常な生体の機能を考え、そして生体は何をしようとしているのかを考えます。
正常なら、立ちますね。立つのはなぜか?移動するため(食物を摂るため、逃げるため)ですね。
そして立つためには何が必要か?足が正常、筋肉が正常、心肺機能が正常、脳神経などからの指令が正常、平衡感覚が正常、熱などがなく元気活力が正常、強い痛みがなく正常。
ざっと挙げるとこんな感じです。当たり前と思うでしょうか?確かに難しい内容ではありませんね。
しかし、症例を目前にしたときに、冷静にこの思考ができたら、ベテランの臨床獣医です。
さて、こういった観点から振り分けると、「立たない」という症状は、
足、腰、などの運動器が原因か、内科疾患で立つ元気がないのが原因かに分けられます。本項では内科疾患については割愛します。
ついでに付け加えると、「面倒だから立ちたくない」というのもあるかもしれません。言い換えれば、餌を摂りにいく必要はないし、逃げる必要もないし、「立つ必要がない」ときは立ちません。
運動器が原因なら、骨格、筋肉、神経のどれが原因かを調べます。
まずは視診、触診で疼痛の有無を調べましょう。知識云々ではなく、まずは見てわかるものを確実に探してください。
外傷、骨折、脱臼などが分かります。(ただし、目立つ外傷に気を取られて、内科疾患を見落とすことのないようにしてくださいね。)
腱断裂は疼痛がない場合も多いためやや診断が困難ですが、体重をかけたときのみ疼痛がある場合が多く、関節の可動域が拡がります。
疼痛も外傷も無く、麻痺がみつかったなら、神経の損傷があるかもしれません。その場合は中枢性(脳が原因)なのか末梢性(指令の伝達が原因)なのか、麻痺の範囲を確かめて推定しておきましょう。
まとめますと、
「立てない、立たない」は、まず以下のふたつに分けます。
①内科疾患による起立不能
体調が悪くなるさまざまな原因で立てる元気がない時
②運動器疾患による起立不能
外傷等で足腰や身体を支える機能が損傷している時
そして運動器疾患なら、さらに以下のふたつに分けます。
①外傷、損傷
視診、触診でわかるもの。骨、筋肉、腱の損傷。
②神経損傷、神経疾患
主に麻痺を主徴とするものが多いが、疼痛を起こす神経疾患もある。
これでほぼ診断できましたので、あとはそれぞれの疾患の治療方法を調べて、実行すればいいですね。
破行(歩き方がおかしい)
次に、「歩き方がおかしい」という症状が出るためには、どのような理由が考えられますか?
同様に内科疾患で元気がないのか、運動器疾患で立つ機能自体の問題なのかを分けましょう。
内科疾患が原因なら、
「動作が緩慢」になるかもしれませんね。
運動器疾患が原因なら、
支えるのが問題なのか、動かすのが問題なのか良く観察してください。
足を接地する時が痛いのか、持ち上げる時が痛いのか、または力を入れることができないのか、を推定してください。その仮説を証明するために、視診、触診、神経検査を行います。
例えば「後肢を接地しない」という症例を診断する流れをみてみましょう。
まず後肢のつま先から股関節までのどこかに痛みがあるかもしれないので、蹄、足根関節、飛節、膝関節、股関節、また骨のどこかに損傷や疼痛がないか触診します。
加えて後肢を構成する筋肉のうち、支える側の筋肉に損傷や疼痛がないか確認します。
疼痛がある場合は、損傷によるものか、神経によるものかよく見たり神経検査を用いて推定してください。疼痛も損傷もないなら、麻痺がないか確認してください。
ここまでの流れを注意深く観察すれば、それが関節炎なのか、骨折なのか、蹄病なのか、分娩時神経損傷なのか、滑走なのか、概ね診断できるでしょう。
運動器疾患の診断の流れを書きましたが、特に難しいところはありませんね。
つまりは、「足は何で出来ていてどう動いているのか」を知って、その何処かに異常があれば「破行(歩き方がおかしい)」が現れる。ということです。
「立たない」や「歩き方がおかしい」は、内科疾患なのか運動器疾患なのかに注意して、運動器疾患ならその構成を良く観察するだけです。
診断できたら、治療可能かどうか判断しましょう。
ここでも生体の当たり前の機能を、素直に認識することが大切です。