Monthly Archives: September 2020

山羊の診療Diary症例34 熱中症&呼吸困難(鼻腔拡大手術)②

山羊の診療Diary症例34 熱中症&呼吸困難(鼻腔拡大手術)②

今回は前回のお話の続きです。

たつくんは前回の処置、「糸で鼻を持ち上げた状態」で過ごしていました。

5日後、飼い主さんにご連絡すると、
食欲も以前のように戻り、とても元気という事でした。
処置の前に、聞こえていた呼吸をするときのいびきのような音も聞こえなくなったそうです。
また、飼い主さんも早速、避暑用に日中木陰で過ごせるようにヤギ舎の外に、
たつくんの他、雄山羊さんたちが快適に過ごせる場所を作ったという事でした。

お話しから、たつくんの経過が良好なので、いよいよ仮止めの糸を外し、
手術に踏み切ることになりました。

まず、鎮静をかけて横になってもらいました。
前回の処置で糸で鼻の上の皮膚を持ち上げています。

このようにしっかりと鼻の穴が開いています。

この釣りあげている糸をはじめに抜糸しました。
そして、今日の処置をする部分に、痛みが少ないように部分麻酔をしました。

今日はこのように皮膚を三角に切開しそこを縫い縮めて鼻の上の皮膚を持ち上げる予定です。

皮膚を切開すると、出血が見られたので止血を行いながら皮膚の切開を行いました。

三角に切開できた後は、縫合します。

無事、縫合が終わり、鎮静を覚ましました。


鎮静が覚めたのを確認して今日はこれでおしまいです。

そして、10日後の抜糸の様子です。
傷はきれいに閉じていました。


鼻の穴の開き具合は、糸で釣っていた時のほうが大きく開いていましたが、
飼い主さんのお話では、今のところ呼吸ができているようだったので、ひとまず様子を見ることになりました。
もし、また息苦しい症状やいびきのような音が出る場合は、もう少し広げるための再手術が必要というお話をしました。

抜糸から10日後のたつくんです。

今回の症例の後、他のヤギ舎でボア種の雄山羊さんの顔をよく見ると、
顔の構造上、ザーネン種よりも鼻孔が狭いように思いました。
たつくんのように、いびきのような音がでて息苦しいくらい鼻孔が狭いときは、暑い時期に熱中症のリスクが上がります。
また、通常の時でも、運動時に呼吸が苦しくなり疲れやすかったり、交尾などが上手くできない可能性もあります。
今後、ボア種の雄山羊さんの様子をよく観察してみようと思っています。

なにはともあれ手術後、すっきりしたたつくんの顔をみてほっとしました。
雄山羊のリーダーとしてこれからもこのヤギ舎で活躍してくださいね!

山羊の診療Diary症例34 熱中症&呼吸困難(鼻腔拡大手術)①

山羊の診療Diary症例34 熱中症&呼吸困難(鼻腔拡大手術)①

今回のお話は・・・

「雄ヤギが餌を食べなくて元気がないから診療してほしい」
という連絡を飼い主さんからいただきました。

早速、伺ってみると、大きな雄ヤギのたつくんがヤギ舎の中に雌ヤギさんと一緒に居ました。

飼い主さんにお話を伺うと、
たつくんはここ最近、以前より食欲がなく、特にここ数日餌をたくさん残すようになった。
一緒にいる雌ヤギさんに餌をほとんど食べられてしまっている。」
というお話でした。

たつくんの様子を見ると、ヤギ舎の中で普通に歩いてはいますが、
時折、鼻からいびきのような音を鳴らしていて、少し呼吸が苦しそうに見えました。
そのことを飼い主さんに尋ねると、
「このこは小さいときから、鼻をこんな風に鳴らしていて、他の場所にいる兄弟もこんな感じだよ。ボアの系統が入っていて顔の形が違うからかな?」と教えてくれました。
確かに、ザーネン種より鼻のところがいわゆる鷲鼻(鼻筋が途中から隆起し、鼻筋が湾曲した鼻の形)のようになっています。
また、この日は数日間、夏の暑さが続いていました。
ヤギ舎の中も蒸し暑い状態でしたが、一緒にいる雌やぎさんや、隣のお部屋のヤギさんたち3頭は呼吸は荒くなく元気にごはんを食べていました。

まずはロープで縛って診療をはじめました。
この時、たつくんは大きな体で捕まえられるのは嫌だーとヤギ舎の中を
ぐるぐる逃げ回っていました。
100kgくらいある雄山羊さんをいつもより元気がないからといっても捕まえるのに一苦労。
ようやく縛って、診察をはじめると、呼吸が先ほどよりもだいぶ苦しそうになっていました。
熱を測ると41.0度まで上がっており、ひとまず熱中症の可能性があったので、
飼い主さんに濡れたタオルとお水、扇風機を用意してもらいました。
はじめに首周りを濡れたタオルで冷やしながら、静脈輸液のための留置をとろうとすると、
さらに暴れてしまい、呼吸の状態が悪化しそうなので、皮下補液に切り替え、
安全に保定をしながら診療を続けるのが困難と判断して、院長にも助けを求めました。

皮下補液をしながら、飼い主さんには扇風機を設置してもらい、
その間に、便の異常はないこと、おしっこは出ていること、
聴診で心音・肺音の確認、聴打診で腹部に異常がないことなどを確認しました。

冷やしすぎないように体温を測りながら、皮下補液を続けていました。
体は少しづつ冷えてきましたが、相変わらず呼吸の苦しさは改善されませんでした。

そこに、院長が到着して、たつくんの顔をみるなり
「鼻の穴がふさがっているよ」と。

よくよく正面からたつくんの顔を見ると、
息を鼻から吸うごとに、鼻の穴の上の皮膚がふたのように鼻をふさいでいる状態になっていました。

たつくんの顔は、鷲鼻の鼻の形でさらに最後の鼻の上の皮膚が垂れ下がっていて
普通にしてても、鼻の穴が線の細さで、他のヤギさんたちの様に鼻の穴が開いていませんでした。
逃げ回ってさらに苦しくなったことで、
吸うたびに鼻がピタッと穴をふたのように閉じるのが顕著になっていたのでした。

ここまでの症状やたつくんの診療で考えられることは、
もともと鼻腔が狭かったところに、暑さが重なり、呼吸で熱を下げることがほかのヤギさんより難しく、熱中症や食欲不振などの症状で元気がなかったことが考えられました。
その他の原因があるとしても、まずは呼吸の状態を改善することが必要でした。

横から押さえながら、診療するのに精いっぱいで
すぐに気が付かなくてごめんねとたつくんと思いながら、
急いでたつくんの鼻の上を上向きに豚さんのように押し上げました。

そのまましばらくすると呼吸がどんどん改善されていきました。
鼻の穴さえ開いてさえすれば、熱中症もおそらく食欲不振なども改善されそうでした。
しかし、私がずっと鼻を押しているわけにもいかないので、鼻の穴を拡張する手術が必要です。

しかし、今のたつくんは熱中症を併発しており、数日間の食欲不振もあり、
長い時間鎮静をかけるのは危険な状態と判断し、
短い時間の鎮静で応急処置で糸で鼻を持ち上げることになりました。

処置の様子はこちらです。

処置が終わり、鎮静が覚めたころには、体温も安全なところまで下がり、呼吸も楽になっていました。
良かったーとほっと一安心。

そして、むくっと立ち上がったたつくんは・・・

ごはんを食べに行くのかと思いきや
雌ヤギさんのおしりのにおいをかいで
フレーメン!!
それから草を食べ始めたのでした・・・。

えー。まずはそこなの!?たつくん・・・。
本能だからしょうがないのかもしれませんが、
助かったと思ったらまず女の子・・・

緊急事態で緊張した現場でしたが、
たつくんの行動に思わずみんなで笑ってしましました。

そして、
飼い主さんには、たつくんのヤギ舎を涼しい環境に整えていただくことと
呼吸の状態の観察をお願いしました。
食欲が改善されたら、鼻の整形手術をすることになりました。

数日後、飼い主さんから、
すっかり元気を取り戻し、鼻の音も消えて、
ごはんをもりもりたべて、雌ヤギさんをを追いかけまわしている・・・
というご連絡をいただきました。
たつくん良かったね。今までいろいろ苦しかったのかもしれません。
根本的な改善を目指して次に鼻腔拡大の手術に踏み切ることになりました。
たつくん、あともう1歩、一緒にがんばろう。

手術の様子は次回へつづきますー。

山羊の診療Diary症例33 難産(若齢出産&頭部先行)

山羊の診療Diary症例33 難産(若齢出産&頭部先行)

今回のお話は、

「山羊の診療note10 ヤギの島野草セット」でご紹介したゆりるちゃんの分娩のお話です。

ゆりるちゃんの妊娠がわかったのは、初診時の診察でした。

その時は下痢の治療で伺いました。

全身状態を診るのに妊娠鑑定をしたところ、妊娠がわかりました。

まさか妊娠しているとは飼い主さんも思っていなかったのです。

なぜならゆりるちゃんの月齢を聞くとまだ妊娠するにはずいぶん早かったのです。
しかし、譲っていただいたお家の方に確認してもらったところ、雄山羊さんとずっと一緒にいたという事でした。

ヤギさんがいつから赤ちゃんを作ることができるのか?
ということですが、

性成熟は5~6か月ごろと言われています。

しかし、実際は個体差もあり3か月ではじめての発情がくるヤギさんもいます。
その為、正書では3か月過ぎたら、雄と雌を別々に飼育することをお勧めしています。
実際、3か月過ぎの男の子と女の子の子ヤギさんを一緒に飼育していたら妊娠してしまったというお話を
別の飼い主さんから伺っています。その妊娠発覚以降そこでは3か月で必ず、雄雌を分けて飼育しているそうです。

元の飼い主さんに聞いたゆりるちゃんのお誕生日とお腹の赤ちゃんの大きさの様子が、
一致せず、いつ妊娠したかは正確にはわかりませんでした。

しかしまだ、成長過程で妊娠してしまったことには間違いがありませんでした。
お父さんだと思われるヤギさんも体が大きく、難産が予想されました。

どうして、若齢での妊娠が危険かというと、
まだ体が出来上がっていないので、骨盤の広さを赤ちゃんが通れない可能性があります。
お父さんヤギの体格が大きいときはなおさらです。

ゆりるちゃんは分娩前に下痢と食欲不振が続いていたため体力がかなり消耗していました。

出産に挑むにはギリギリの状態だったのです。

分娩予定日も不明だったため、治療に通いながら分娩を待ちました。

飼い主さんの懸命の看護もあり、ようやく食欲が戻ったのですが、すぐに陣痛がはじまることとなりました。

飼い主さんから、陣痛がはじまっているというご連絡があり、現場に向かいました。

治療経過と体格を考えると通常の自然分娩で生まれない可能性も十分あるので、帝王切開の準備をしてゆりるちゃんの元へと向かいました。

到着すると、
ゆりるちゃんの陰部からは子ヤギさんの鼻先が見えていました。
これは「頭部先行」という難産の胎位となります。
ヤギでは頭から出てきてしまうと、足が引っかかり出ることができません。

はじめに通常通り頭を押して引っ込めて、
両前足を確保しました。

その次に、頭を足の間におき、後頭部に手を添えてひいて赤ちゃんを出そうと考えました。普通ならこれで赤ちゃんを無事に産ませることができます。

以前ご紹介した、
「山羊の診療Diary症例2 難産 頭からでてきた場合」
に胎位を直して生まれる映像がありますのでご参考にしてください。
https://vet-present.com/goat/268/

しかし!
今回はこれではまだ赤ちゃんを出してあげることができませんでした。
なぜなら、ゆりるちゃんの骨盤腔はとても狭くて、両足と頭が同時には通らなかったのです。

とにかく、頭と前足を骨盤腔に通さなければいけません。

そこで、まず前あしそれぞれひもをかけて一旦引っ込めます。そして、頭を参道に入れ、後頭部にひもをかけます。実際は結び目は口の中にはいっています。

産道の狭い部分を、先に頭だけ通り抜けてもらいます。その後、首の隙間から前足のひもをひっぱり両足を出しました。

ここまでで、なんとか骨盤腔から出すことができたので、あとは外陰部を通れれば無事に誕生です。

ここからの様子はこちらの映像になります。

無事に生まれることができました!!

飼い主さんのご家族のみなさんや、ご近所のみなさんに見守られて、
赤ちゃんヤギさんが生まれた時は喜びの声が上がりました。

 

この動画中で起こっていることを解説すると、

骨盤腔は通っていたものの
頭が外陰部ギリギリ通るか通らないかだったので
外陰部を手で広げました。

生まれた後に、まだおなかに赤ちゃんがいないか確認しました。
今回はいませんでした。

また、呼吸が弱かったので、
水につけてシャワーの皮膚からの刺激で呼吸を誘発するとともに、
前足を開いたり閉じたりして、肺が広がるのを補助しました。

自分でしっかりと呼吸するのが確認できたので、赤ちゃんヤギさんはタオルにくるんで少し休憩した後、お母さんのゆりるちゃんのケアをして初乳を飲ませました。

今回の症例は、
まだ体が成長途中のお母さんヤギさんで骨盤腔が狭いためとても難しい症例になりました。
今回、とても幸運なことにお母さんヤギさんも子ヤギさんも無事でしたが、、
若齢での妊娠・分娩はとても危険で、ヤギさんの体に大きな負担をかけてしまいます。
また、お母さんも子ヤギさんも助からないという悲しい結果になることもあります。
獣医師として、診療やこのような難産介助も大切ですが、このようなことが未然に防げるように
ヤギさんの性成熟などの体のことをみなさんによく知ってもらったり、日頃のごはんや暮らし方などの飼養管理についてお話していくことの大切さを改めて感じました。

大変なお産になりましたが、
はじめてお家にきたヤギさんがすでに妊娠していて分娩という事態にも関わらず、飼い主さんやご家族のみなさんの懸命のサポートによって、
お母さんヤギのゆりるちゃんが、体調を壊しながらも最後まで分娩をよく頑張ってくれました。

そして、私もこの分娩に立ち会えて、生まれた子ヤギちゃんの生命力の強さに心が震えました。

後日、赤ちゃんヤギさんのお名前はリンクに決めましたとご連絡をいただきました。
「ヒトやモノや出来事を結びつけるもの、絆」という意味が英語ではありますよね。
誕生のときにすでにおおきな感動をみんなにくれたリンクくん。
リンクくんがこれからもいろいろな人や出来事を結びつけてくれますように。

ゆりるちゃんとりんくくんにはこちらで会うことができます!
宿のホームページはこちらです。

山羊の診療Diary症例32 難産(側位側胎向)

山羊の診療Diary症例32 難産(側位側胎向)

前回、ヤギの正常な分娩についてお話しました。
今回は、お産に介助が必要だった難産の症例をご紹介します。

飼い主さんより、
「朝から陣痛がはじまっているが、赤ちゃんが出てこない。とても苦しそうなので来てほしい」との連絡が夕方に来ました。

ご連絡いただいた農家さんのところに急いで向かいました。
到着すると、母ヤギさんが「うーうー」と苦しそうにうめいていました。
陰部からは何も出ていませんでした。

すぐに手袋をして、陰部を消毒し手を入れて、内診をおこない
赤ちゃんヤギさんの向きがどうなっているか確認しました。

通常なら、前足または後ろ足が触れます。

前足が2本触れた場合は次に頭が触れます。

いわゆる逆子で。後ろ足が触れる時もあります。
逆子であせる方がいらっしゃいますが、ヤギやウシの場合は、異常ではなく、前から生まれる時よりも頭が引っかからず、するりと順調に生まれることが多いのでびっくりしないでくださいね。

注意するのは、胴体の部分で引っかかってしまうと息ができずに亡くなってしまうので、そういう事がないようよく観察して、危険な時は引っ張って介助してあげる必要があります。

前足と後ろ足の区別の仕方は肢端から2番目の関節を触って確認します。
後肢のときは飛節が触れます。前肢の時は膝関節(人間の手首の関節にあたる)が触れます。
蹄の向きだけで判断すると診断を誤るので、必ずこの関節を確認するようにしてください。
下胎向の場合(上向きで万歳している状態)前足を後足と間違えてしまう事があります。

そして、今回はどうだったかというと・・・・

なんと足も頭も触れませんでした!!
いったいどうなってたかというと・・・

こんなふうに背中が産道にきてしまって、つまっている状態でした。
名前を付けるなら側位側胎向でしょうか。

お母さん山羊は、苦しそうにうめいていて早く出してあげたいのですが、
ここは落ち着いて、どうにか赤ちゃんヤギさんが出られる胎位にもどしてあげる必要があります。

初めに、赤ちゃんを押して奥に戻しました。
産道では、狭くて向きが直せないので、何とか赤ちゃんの向きを変えるスペースを探します。

奥の少し広いスペースに押したところで片足が触れました。
足をたどっていくと頭が確認できました。
なかなか、向きが直らなかったのですが頭をさらに押して、自分の片手で前足2本を確保し、
もう片方の手で、頭の上に手を添えて、
やっと引っ張り出すことができました。

生きてる!!

呼吸を確認して、まだ赤ちゃんがいないかすぐに確認しました。
するともうひとり子ヤギさんがいました。この子もそのまま介助して無事生まれました。

その時の映像はこちらです。

陣痛開始から長い時間がかかっていたことと、体の向きが異常だったので、心配しましたが無事生まれて、
私もほっとして飼い主さんと一緒に喜びました。

お母さんヤギもすぐに赤ちゃんヤギたちをぺろぺろ舐めてお世話をしてくれました。

分娩介助はとても緊張する仕事ですが、
元気に生まれた時は本当にうれしく幸せな気持ちになります。

今回の症例のように、前あしも後ろあしも触れない場合があります。
胎児の体位が正常かどうかは目で見ることができず、手の感覚での作業になるので少し難しいです。
しかしどんな時でも、お落ち着いて、ヤギの体の構造を頭の中で思い浮かべて、まずは体がどんな向きになっているのかを確認することが大切です。現状を把握したあと、解決に向けて、体位を正常に戻すことをひとつづつ試していきます。

院長先生によく言われているのは、
「同じことをずっとしない。一つだめだったら次の手を考えること」

私も焦ると「あれ?あれ?」と同じことを繰り返しそうになります。
今回もなかなか頭がまっすぐにならず正直とても焦りましたが、いろんな角度から押したり引いたり試行錯誤し、2頭とも無事に生まれました。

赤ちゃんヤギさんたちの元気な様子をみてほっとしたときに、分娩だけでなく病気の治療でもこれは大切なことだと心から感じました。