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循環器症状の解釈

やっとここまできて、症状の解釈について書けます。
これが書きたい為に、長々と生理学の知識をおさらいしていました。

診察する時は、聴診により日常的に心拍数をカウントすることになると思いますが、この心拍数はどんな意味を持つのでしょうか。

診察にて日常的にチェックしている「症状」は、たいてい何かの代償作用であり、また代償機構は全身で統合的に働いていますので、症状ひとつがひとつの診断を導くわけではありません。症状は代償機構であることを意識して、ひとつの症状が他のどんな症状とセットになっているかを見ると、それがどんな代償機構によるものなのかを判断する手がかりになり、原因と現状の推定に利用できるのです。

例えば心拍数の増加を見つけたら、まずは痛みや興奮のような交感神経が働くような状態なのか、血圧低下の代償なのか、貧血か、または心臓の直接的な異常か、などを頭に浮かべ、次の手がかりを探して振り分けます。

痛みや興奮、または運動が原因で心拍が上がった可能性を確認するために、活力は正常か、粘膜の色は異常ないか、呼吸はどうかなどを確認します。

運動に対する代償で心拍数が上がっているなら、よほどのことがない限り筋力や活力は正常、意識も正常でしょうし、呼吸数は上がっていても呼吸音には異常がないでしょう。体温はやや高いかもしれません。少し安静にして心拍数が下がるのを確認すれば確定できます。

逆に心拍数上昇に加えて活力が低いなら、もともと安静でも心拍数が下がらないということですから、心因性かその他の低酸素を示す状態かもしれないと考えられるでしょう。続いて心雑音に注意して聴診し、頸静脈の怒張がないかもチェックします。これらに異常があれば、心因性の疑いを強めるわけです。

さらに浮腫や肺水腫や腹水などはないか、血圧の低下はないか、末端の温度低下はないかなどをチェックして、ショックや心不全によるものではないか、また循環障害の有無と程度をチェックします。

頻脈、血圧低下、粘膜蒼白、末端の冷感、意識混濁、という症状が揃ったらショックです。重度のショックなら緊急治療が必要ですがそれはここでは触れません。もしそのまま診断を進めるとしたら、ショックを起こす原因を知るために感染や発熱はないか、出血はないか、毒物を摂取した可能性はないかなどを調べます。

心因性の可能性が少ないとしたら、可視粘膜をチェックします。蒼白なら貧血によるものかショックか、チアノーゼなら肺換気不全や心不全か、血液ガス交換を阻害する病気かなと考えられます。粘膜の紅潮は末端の血管拡張ですから、体温上昇やアナフィラキシーによる炎症の影響かもしれません。

心拍数増加についてたくさん書きましたが、逆に心拍数が低下したときは、消化器疾患などの副交感神経が働くような状態かもしれません。他の消化器症状をチェックしてみましょう。

このように、ただ心拍数を単体の症状として捉えるのでなく、生体機能の一部分としての心拍数だと意識して、その他の症状と合わせて診断に利用してください。

そのためには、生体がどんな時、どんな反応をするのか、またその機構にはどんなものがあるのかといった生理学的な理解が必要です。診察で異常を発見し理解するには生理学が最重要なのです。

疾病の代償としての循環調節

これまで書いたように、生体はさまざまな調節機構を駆使して体を元気でいられるよう保とうとします。

そこでもし循環器のある部分に障害が起こると、その障害をカバーするように反応します。

その時現れる反応が、いわゆる「症状」です。症状はさまざまな調節機構と代償機構の結果なのです。

この後は、さまざまな障害に対する生体の反応を書いて行きましょう。

心不全に対する生体の反応

うっ血性心不全
うっ血性心不全は、心不全による心臓ポンプ作用の障害と、静脈系のうっ血が加わった病状のことです。
これまで説明した機構を用いて理解しましょう。

①心筋梗塞などがきっかけで心臓ポンプ作用が低下する。
②速い代償として、心臓に流入する血液が増え、心筋が拡張することで心拍出量を回復させる。循環反射により交感神経の緊張の高まり心拍数と心筋の収縮性が増加する。また静脈系の緊張が高まり心臓に多く戻すことで貯留してある血液を体循環に動員する。
③遅い代償機構として、心筋細胞が太くなり、結果として心臓の壁が厚くなる。同時に心臓の収縮を促す物質が生産され、心臓の拍出力が増す。腎臓によるNa+と水の再吸収が制限され、血液量が増加する。
④代償機構により一時的に循環が確保されても、心臓のポンプ機能が回復しない場合は、心不全が長引き心臓の収縮性が低下し始め、ますます代償機構に依存するようになる。
そうなると、心拍出量の低下から循環血液量の増加が起こり、さらに心拍出量が低下するという悪循環に陥ります。標準生理学p531

だから症状は、心拍数が高く、静脈が怒張、四肢や胸垂の浮腫などが起こります。

ショックについて

ショックの初期には、これまで見てきたさまざまな代償機構が総合的に働き体を維持しようとしますので、代償機構の理解と整理のためにショックについて成書をもとに解説します。

ショックとは、急性に起こる全身の血液循環が障害されている状態で、特に末梢循環が障害されている状態の事です。重要な臓器組織の微小循環が著しく障害される結果、多臓器不全につながります。
代表的な症状は、血圧の低下、微弱で頻数な頻脈、皮膚の蒼白、意識状態の変化(興奮または低下)、尿量減少などです。

原因はいずれも心拍出量を急性に減少させるものです。つまり、①心臓の収縮性が低下する場合(心筋梗塞による心拍出量の低下)②静脈還流が減少する場合(出血による血液量の減少、細静脈の緊張低下(毒素、アナフィラキシー、交感神経活動の低下))などがあります。
ショックの原因は様々ですが、病状には多くの場合共通のものがあります。病態が軽い場合は循環調節メカニズムの大小作用によって心拍出量、血圧などは正常範囲に戻ることができますが、代償能力の限界を超える重症の場合は悪循環に陥り回復不可能になることがあります。
標準生理学p589-590

ショックに対する生体の反応

ショック初期の代償作用
心拍出量の減少とともに血圧が下がると、動脈圧受容器が検知した情報をもとに交感神経の活動が高まり、心拍数が増え、末梢血管が収縮します。血管収縮は特に皮膚と筋肉で強く起こり、皮膚が蒼白になります。
血管収縮は腎血管についても起こり、腎血流の低下は内分泌調節機構を介して血管収縮による血圧上昇を起こし、腎臓からの水の排泄量を減少させることによる体液量の上昇を起こします。その結果心拍数を上昇させるように働きます。
出血性ショックと細菌性ショックでは心臓機能で代償しようとするため、初期には心拍出量は増加します。
出血性ショックでは血液量を回復させるために尿量の減少を起こし、毛細血管圧の低下が組織間質から血管内への体液の移動を起こします。
また、のどが渇く反応も同時に起こり、血液量を増やそうとします。

進行性ショックの悪循環
①心臓機能の低下
血圧の低下が代償範囲を超えると冠血量が低下して、心臓が動けなくなり、乳酸などの代謝産物が蓄積し、ますます心臓機能が低下します。
②血管緊張の低下
血圧低下の初期には血管収縮により血圧を上げようとするが、長期間この状態が続くと血管の収縮が維持できなくなります。
③微小循環の異常
血圧の低下が重度で微小循環が維持できなくなると、次のように悪循環に陥ります。
まず組織がうっ血状態になり組織の低酸素が起こると、血管組織の損傷が起こり、これにより血液凝固と血漿の漏出が起こると、さらに組織の低酸素と損傷の拡大が起こります。標準生理学p590

高血圧症に対する生体の反応

高血圧の原因は様々であっても循環系に見られる変化には共通のものが多いです。
高血圧が続くと、心筋の代償性変化として心臓の肥大が特に左心室で起こります。心臓の肥大と冠循環の障害は心不全を招きます。全身的に血圧が上がり血管抵抗が上がりますが、特に腎臓への影響が大きく、腎血流が不足します。腎血流の減少は血圧を上げる調節機構(レニンアンジオテンシン系)を働かせるため悪循環となります。標準生理学p588
また高血圧が長く続くと、腎臓や脳の細動脈に圧がかかり血管内の炎症を起こしたり治ったりを繰り返すため、血管の内側が狭くなります。その結果腎臓硬化症や脳卒中などの問題を起こしやすくなります。

浮腫

組織間室に過剰の水分が貯留した状態を浮腫といいます。組織液量は毛細血管の濾過と再吸収のバランスで定まりますので、ろ過の増大、再吸収の減少、リンパ流の障害が起こると浮腫が発生します。
この仕組みにより、浮腫の発生は①毛細血管壁の障害②平均毛細管圧の上昇③血漿膠質浸透圧の低下④リンパ管の通過障害、によって起こります。
このうち②の毛細血管圧の上昇は静脈圧の上昇に起因することが多いです。右心不全では体循環領域に、左心不全では肺に浮腫が起こります。肝硬変の場合は肝臓の血管抵抗が高まるので門脈血圧が上昇し、消化器系の毛細血管圧が高くなって腹水を生じます。
標準生理学p554

循環の調節と相互関係

循環系の最も基本的な機能は、末梢組織に血流を供給することです。そのためには、心拍出量と臓器への血流配分を調節することが必要です。

循環調節とは、血圧、心拍出量、血管抵抗を調節する機構です。これらは相互に影響し合い、また調節をし合っています。例えば心拍出量が増えれば動脈血圧が上がります。血圧を平衡状態に戻すために血管抵抗を下げ、続いて静脈が弛緩して血液貯留量を上げることで心臓へ戻る血液量を減らし、血圧を保とうとします。血管抵抗が増えて血圧が上がる場合も同様です。また逆に静脈の弛緩が先に起こり血圧が下がった場合は、血管抵抗を上げたり心拍数を上げたりして血圧を保とうとします。

こうして心臓の運動、流れやすさ、貯留量は、相互に影響し合い、組織でのガス交換と物質交換が円滑にできる血流を確保できるよう適切に保たれています。

心臓が時間あたり多量の血液を送り出せば、動脈血圧は上昇します。それを適切に戻すために、生体の反応として血管抵抗を下げます。血圧が先に上がれば、続いて静脈環流が増加して心拍出量が上がります。

循環の調節は平常時に一定の値を保つようされていますが、運動時や低酸素時などの特殊な状態のときは脳や心臓などの重要な器官への血流を確保しつつその他の各臓器にも血流を供給するように調節されます。標準生理学p568

これら一連の循環調節は自律神経性、ホルモン性、局所性にさまざまな調節機構があります。

血管と心臓の調節

中枢性調節、外来性調節

生体は血圧が上がれば、下げようとします。心拍数が上がれば、下げようとします。逆もまた同様に行われます。血圧、心拍数、心拍出量について、適切な値を維持しようと常に調節を行い、各組織に適切な血流を維持しようとしています。

安静状態で適切だった心拍や血圧は、ある時危険が訪れると、逃走や闘争に適した値に調節されなければならなくなります。そういう時は中枢から心臓や血管に指令を出して、適切な状態に変更するよう指示が出ます。循環器内で調節されるのではなく、循環系外からの調節という意味で外来調節、それぞれの臓器ではなく指令塔からの調節という意味で中枢性の調節と表現されます。

局所性調節

生体全体として、循環器をどのような状態に保つのが適切かを判断して設定するのは中枢です。ただし、各組織で起こっていることを感知して、組織でそのまま対処する仕組みもあります。それらを局所性調節といいます。

中枢が血圧を上げなければならないと判断して血管収縮と心拍数増加指示を出したら、増加した血圧と血流に対して局所で自己判断し、増えた仕事をこなすように働くようになります。

どの臓器にどれだけ血液を配分するのかは、臓器ごとの血管抵抗を増減することで調節することができます。例えば逃走時に筋血流を増やすなど中枢性に調節されることもあれば、筋運動や組織代謝に伴い発生する物質(乳酸やCO2など)に反応して局所性に調節されることもあります。

具体的な調節機構を、一応確認しておきましょう。

血圧調節のための血管の調節

①生体は細動脈の太さを調節します。 細動脈の平滑筋を使って細くすると血管抵抗が増加するため同じ心拍出量でも血圧が上昇することになり、太くすると血圧が低下します。

②生体は静脈の太さを調節します。静脈系を収縮させると、静脈系に貯留させてある血液を心臓にたくさん戻すことになります。すると循環血液量が増え、血圧が上がります。

③生体はバソプレッシンというホルモンを介して、腎での尿生産を減らします。その結果体水分の節約となり循環血液量が維持されます。

④局所では細動脈の収縮、細静脈の軽い収縮が起こり、その差により毛細血管圧が下がります。すると毛細血管内に組織から水分移動が起こり、循環血液量が増加します。

血圧調節のための心臓の調節

①交感神経は洞房結節のパルスを増加させ心拍数を増やし、また収縮力も増やします。副交感神経は逆です。

②心臓は変動する血圧に対し、1回拍出量を一定にし、心臓への流入量と拍出量が等しい状態に心臓自身が自動的に調節する仕組みがあります。

これは心筋の張力によって筋力が変化するためです。簡単に言うと、生理的範囲では心筋が伸びるほど収縮力が増えるからです。これをスターリングの心臓の法則または内因性機構といいます。標準生理学p519

血管抵抗の増加により血圧が上がると、一時的に心拍出量が減りますが、それに伴い心臓内に貯留する血液が多くなると、自動的に収縮力が増すためすぐに回復します。

また静脈圧の上昇で心臓への流入が増えると、同様にしばらくは心筋が伸展し収縮力が増加し拍出量が増えます。いずれ流入量と拍出量が等しい平衡状態まで回復します。

③遅れて働く代償機構として、心臓に長期的な圧負荷がかかると、心筋が太くなり心拍出量が増加する。

心拍出量の調節

心拍出量を生理的に調節する機構は次のようなものです。

(1)心臓の心拍数と収縮性の調節

 ①神経性調節として、心臓交感神経は心拍数増加、収縮性増加。心臓迷走神経は心拍数低下、収縮性低下。

 ②液性調節として、副腎髄質からのノルアドレナリンとアドレナリンは心拍数増加、収縮性増加。無機イオンとして、カルシウムイオンは心拍数増加、収縮性増加。カリウムイオンは心拍数低下、収縮性低下。

(2)平均体循環圧を変えて静脈還流量を調節する

 ③神経性調節で静脈圧を高めると静脈還流量と心拍出量が増える。逆の調節も可能。

 ④液性調節のノルアドレナリンとアドレナリンも③と同様。

 ⑤血液量が増えると体循環圧が増加して静脈還流量が増える。出血の場合は逆の反応となる。

 ⑥局所調節として、運動により筋肉が筋静脈を圧迫すると、静脈弁の作用により静脈還流量が増える。

標準生理学p527