9.去勢

(1)バルザック法

無血去勢鉗子を用いて、精索(精子、蔓状静脈叢、精索動脈を含む)を陰嚢の上から鉗圧することで精索内の血管を破損させます。その結果精巣が虚血に陥り、精子の生産機能を失うことになります。

適用
2〜4か月令
月齢が若い場合陰嚢の皮膚が薄く、鉗圧により皮膚ごと切断されてしまう場合があります。
月齢が進んだ個体では保定が困難になり、蹴りの届く範囲も広くなります。また陰嚢は厚くなり、精索は太く精巣は大きくなります。そのため術者の危険性が上がり、去勢の成功率が下がります。

具体的方法
・牛を立たせた状態で鼻をロープで固定します。
・左右に動けないよう壁や補助員が保定します。
・左手で陰嚢の付け根を保持し、右の精索を右に押し付けます。
・去勢鉗子で右精索を陰嚢の皮膚の上から鉗圧します。
・鉗圧された状態で精索を折るように精巣に上下の力をかけることで、皮膚を残して精索の鉗圧部位のみ破断することができます。
精索の破断を行わず鉗圧状態で1分待つというやり方もありますが、筆者は精巣残留率を下げたいので精索により大きな障害を与える上記方法を用います。障害が大きい事は陰嚢内出血の可能性が高まる可能性もあるため、どちらを選択するかは術者に委ねます。
・同様に反体側の精索も処置します。
この時、陰嚢上の鉗圧した跡が左右で接合しないように注意してください。陰嚢全周を鉗圧してしまうと陰嚢が壊死脱落し、非常に治り難い化膿創を形成します。

術後2〜3週は陰嚢の腫脹が見られるのが普通です。疼痛のため数日は食欲低下がみられます。
術後8週ほどで、触診にて精巣の萎縮、硬化、または融解消失が認められれば去勢効果ありと判断します。しかし判断できないような中間的な治癒となる場合も多いです。

(2)ゴムリング法

強力な輪ゴムを用いて陰嚢の上から精索を結紮する事で、精索内の血流を遮断させます。その結果精巣が虚血に陥り、精子の生産機能を失うことになります。陰嚢も同様に血量遮断されるために2週間程で萎縮硬化し、30〜90日で脱落します。

適用
生後1か月以内
最も適しているのは生後10日前後と言われています。
月齢が進むと結紮の失敗や硬化した陰嚢皮膚が皮膚に食い込むことで化膿したり治癒が遅れることがあるため、生体に与える障害が大きくなります。

具体的方法
・陰嚢内の精巣を出来るだけ引き下げます。
・脱落する陰嚢の皮膚を極力残すよう、かつ精巣全体を除去できるような位置にゴムリングを装着します。
体壁近くに装着すると、陰嚢脱落後に皮膚が足りなくなるため大きな皮膚欠損が生じます。
・必ず精巣が2つとも陰嚢内に隔離されたことを確認してください。ゴムを装着した時に精巣を残してしまうと目視発見するのが困難になり、肥育牛の妊娠などの事故につながります。

ゴムリング法は脱落までに長期間を要するため、破傷風の感染リスクが高い方法です。常在地域では破傷風トキソイドや抗生物質など予防策を講じてください。

また萎縮硬化までは進んでも、なかなか脱落しないことがあります。この場合も化膿するリスクが高いので、切除するなど対処が必要となります。

(3)観血去勢法(手術による方法)

手術により精巣を摘出する方法です。摘出が目視できるので目的達成は確実にできますが、術者が未熟な場合は出血や感染のリスクがあります。適切に行えば最もストレスが少なく、治癒が早い方法です。

適用
5か月以内
麻酔(鎮静)下で行いますので、全年齢で可能ではありますが、術者の安全性から、やむを得ない場合を除いて5か月以内に行なってください。術者は必然的に牛の股間に顔を近づけることになり、大きな個体では処置中に蹴られたりメスを弾かれたりした時の危険性が高いためです。もちろん体格が小さい牛の場合も、確実に肢を保定して怪我をしないよう注意してください。
技術者の中には無麻酔で処置する方もいますが、動物福祉の面からだけではなく実利の面から私は推奨していません。強い疼痛を与えることは食欲と増体を落とし、体の動きを避けながら処置することは傷の汚染リスクを上げるからです。

具体的方法
手術方法の種類はいくつかあります。
麻酔(鎮静)キシラジン、その他の全身麻酔
保定方法 立位(無麻酔の場合)、四肢拘束、片足伸展
剃毛、消毒方法
皮膚の切開方法 縦切開、下側陰嚢切除、下側横切開
精索の結紮方法 捻転切除、結紮切除
薬剤の選択 抗生物質の使用有無、破傷風トキソイドの使用有無
上記のうちから術者がそれぞれ選択することになります。

参考までに筆者は以下ように行います。
・キシラジン
・片足伸展保定
・抜毛
・アル綿清拭
・カミソリにて下側横切開
・漿膜切開、剥離
・精索の露出
・捻転切除
・ペニシリン及び破傷風トキソイドを注射
・アチパメゾールで覚醒

それぞれの手技と注意点を以下に示します。

・麻酔(鎮静)
牛はキシラジンを高容量投与すると鎮静ながら不動化できます。去勢の場合はこれで十分対応可能です。
鎮痛作用はありませんので、強い疼痛を与えると反射で肢は動きます。鎮痛剤を併用した方が術後の回復が良いという報告がありますので、推奨されます。

・保定方法
立位の場合は鼻環または頭絡を確実に固定することと、左右に動かないこと、また後方に蹴ることができないよう片前肢を吊るか、蹴り予防板を設置するなどします。板の破損や脱落で余計に危険なことがありますので工夫してください。
四肢拘束はまず両前肢、両後肢をそれぞれロープで巻いた後、それらのロープ端を用いて前後を結びます。経験の少ない方にとっては最も失敗の少ない方法です。
片足伸展は、麻酔下で横臥している牛の上側後肢を伸展させるようにロープで引っ張って固定します。術者は肢の届く範囲に体を入れないよう注意すれば蹴られる事なく処置することができます。最も簡易的で短時間で処置することができますが、安全領域内で処置できるようになるまでにある程度は熟達する必要があります。
・剃毛、消毒の方法
カミソリで剃毛→アルコール清拭→ヨード塗布→乾燥
というのが最も丁寧な方法でしょう。
ところが牛舎内で行う手術では、飛沫粉塵、他の牛が振り撒く糞尿、乾草や配合飼料の粉、天井からの埃、牛体に付着した乾燥便など、術創だけ清潔に保とうとしてもなかなか汚染を防げません。

総合的に術創を清潔に保つために、私は以下のことに注意しています。
牛床の水溜まりは避けます。
飼槽の風下は避けます。
後肢の可動範囲で、術創に触れられる部分の乾燥便は取り除きます。
牛体は濡らさないようにします。
同居牛の可動範囲を確認します。

その上で、以下の方法を用いています。
 陰嚢にある長毛を可能な限り指で抜く。
 精巣を下向きに押して陰嚢皮膚を伸ばします。
 アル綿で汚れがつかなくなるまで何度も擦り清拭します。

・皮膚切開の方法
縦切開は、片側ずつ、陰嚢上方から末端へ切開する方法です。筆者は6か月以上の牛で精巣が大きい場合にこの方法を用いています。

下側陰嚢切除は、陰嚢を下方に引き伸ばし、下側1/3を横向きに切除する方法です。短時間で処置でき、創口が大きく開くため精巣の露出がしやすいこと、また精巣内に血液が貯留しない利点があります。逆に切開創が大きいため、皮膚癒合は比較的時間がかかります。

下側横切開は、陰嚢下側の皮膚を左右の精巣を横断するように切開します。一度の切開で処置できることと、切開創が最も短く済むため、筆者はほとんどの場合この方法を用いています。

一般的に縫合は行いませんが、精巣内脂肪が創口から露出してそのままでは治癒できないとか、汚染環境のため創面を保護したいとかいう場合は縫合することがあります。

また特殊な場合ですが、湿潤汚染環境でどうしても処置しなければならない場合は陰嚢上部を縦切開したり、皮下陰睾の場合はその時精巣がある位置で切開したりします。

縦切開と横切開 鎮痛効果について
http://www.nlbc.go.jp/tokachi/kachikueisei/eiseijouhou/ronbun/jb_castration.pdf
“4~7ヵ月齢の黒毛和種雄育成牛における観血去勢方 法においては、縦切開方法の方が横切開方法より発育 への影響が少ない傾向であった。”
“簡便かつ発育低下の影響による経済的損失を 最小限に抑えられる去勢方法として、ペインコントロール を行った縦切開よる捻転去勢方法は、有効な手段だと考えられる。”

つまり、縦切開で捻転去勢は発育がいい。鎮痛剤を使うとなお良い。ということです。

http://jlia.lin.gr.jp/cali/manage/121/s-semina/121ss1.htm
“去勢は新観血法で4~5ヵ月齢に実施 “
“陰嚢の下部1/3をカッターナイフで切取り、睾丸を引抜く去勢法です。慣れると子牛を立たせたままで、1頭当り1~2分間で実施できます。陰嚢下部が切断されているため、血液や分泌液を陰嚢内に貯留することがなく、外傷としての治癒を待つだけで、ストレスが少なく完全な去勢法と言えます。”

こちらは陰嚢下部切除で捻転切除を推奨している報告です。

・精巣の摘出方法
まず精巣漿膜の切開と剥離を行います。
その後精巣を下に引くとともに陰嚢を上に引き上げ、精索を露出させます。
捻転去勢法では、精巣と精索の間を鉗子や鉤で挟み30回ほど捻転することで精索の切断と止血を同時に行います。この時汚染された精索断端が陰嚢内に戻らないよう力加減を調節して、切れる位置に注意してください。
結紮止血後に切除する方法では、露出した精索を縫合糸を用いて結紮後、メスまたは鋏で切除します。糸を汚染させないよう特に注意してください。
汚染が疑われる時は術創に抗生物質を注入する場合もありますが、有効性は不明です。
感染リスクを下げるためには、可能な限り触らないこと、体内に戻す部分は露出させないこと、短時間で終わらせること、周囲を濡らさないことが大切です。

・薬剤の投与
筆者はペニシリンまたはアンピシリンと破傷風トキソイドを筋肉注射します。特に汚染が疑われない時は、局所への投薬は行いません。毛細管現象により皮膚周囲の雑菌を侵入させることを懸念してのことです。逆に、糞便が付着したり汚染した手で触れたりした時など、汚染したことが明らかな時は、生食等で洗浄後ヨード剤または抗生物質等を局所適用します。

・覚醒
手術後はアチパメゾールを注射して覚醒させます。
牛は長時間横臥させると鼓脹症や低体温が誘発されるためです。

(4)去勢方法の比較

・去勢方法の比較
ゴムリング法は、生後まもなく行う方法としては最も簡便です。ただし処置期間が最も長くなるために、疼痛にさらされる期間が長くなります。その結果食欲低下が起こりやすいため増体に影響が出やすいです。また傷の汚染が起こりやすいために破傷風リスクが高いです。

バルザック法は観血去勢とゴムリングの中間的な方法です。方法は簡便ですが、ある程度熟達する必要があります。精索を目視できない状況で鉗圧により挫滅する方法のため去勢失敗率がやや高いです。傷が出来ないため感染リスクはやや低いものの、陰嚢の腫れや疼痛は2週間ほど続くので増体にも影響します。

観血去勢法は短時間の疼痛で完全な去勢ができるため、確実性と増体をどちらも確保できます。しかし手技は最も難しく、薬剤も適宜必要になります。

http://www.naro.affrc.go.jp/org/karc/seika/kyushu_seika/2003/2003197.html
“1.去勢後8週間の増体は観血区のほうが多いことから、観血去勢法によるストレス低減が示唆された。
2.去勢日から去勢後107日目までの増体量は観血区のほうが優れていることから、子牛セリ出荷時の価格でも観血去勢法はゴム去勢法より上回ることが示唆された。“

http://www.agri-net.pref.fukui.jp/shiken/hukyu/data/h21/26.pdf
最近はゴムリングも工夫すれば大丈夫という報告もあります。

(5)去勢時期について

昔から早期去勢では尿道発育を阻害し尿石リスクを上げるといわれています。これに関する日本の論文は見つけられませんでしたが、海外論文でアワシ種の羊に対する研究では、無去勢の群は2週令、3か月令で去勢された群と比較して陰茎の長さ、直径、尿道断面積が有意に大きかったと報告しています。牛でも尿道が狭くなることはおそらく本当なのだろうと思います。
しかし増体に関しては去勢時期による差がないとする報告が多く、特に海外では、去勢を遅らせることは疼痛と感染リスクを高めて治癒を遅らせるため、生後なるべく早く去勢することを推奨することが多いようです。
日本では、体重230kg時が増体、歩留まりが良かったとする報告があります。

以上総合して、筆者は以下のように推奨します。
簡易性、作業性重視の場合は生後10日でのゴムリング去勢を用います。尿道は細くなるかもしれませんが、尿石症は尿道が細いことが第一原因ではないからです。増体についても説が分かれているため、自分の牛群で確認する必要があります。
バルザックを用いる場合は精索の太さと術後の危険度のバランスから3〜4か月令に行います。
観血去勢を用いる場合は尿道成長と増体を期待してなるべく遅らせるが、術者の危険性を下げるため5か月を限度に行います。

http://tru.uni-sz.bg/bjvm/vol10-no1-04.pdf
“この研究の目的は、アワシの子羊の陰茎および尿道の発達に対する去勢の影響を調べることでした。
生後1〜2週のアワシの子羊21頭を、ランダムに4つのグループに分けました。グループ1、2、および3は、それぞれ2週齢、3か月齢、および5か月齢で去勢されました。グループ4は去勢されませんでした(対照)。
陰茎と尿道の発達を評価するために、デジタル画像分析を使用して、陰茎の長さ、陰茎の直径、および尿道の断面積を3つの部位(近位S状結腸屈曲、遠位S状結腸屈曲、および亀頭)で測定しました。対照動物の陰茎は、2週齢および3ヶ月齢の去勢動物の陰茎と比較して、有意に長く、直径が大きかった。対照動物の尿道断面積は、グループ1および2と比較して、3つの選択された部位で有意に大きかった。この研究の結果は、去勢が陰茎および尿道の正常な発達に悪影響を及ぼし、Awassi子羊が早期に去勢されたことを示している。年齢は、ペニスが小さく、尿道が狭くなっています。
キーワード:アワシの子羊、去勢、発達”

https://edis.ifas.ufl.edu/publication/AN289
“業界の推奨事項では、一般的に、子牛は出生後できるだけ早く去勢することを推奨しています(Bretschneider2005)。一般的な信念は、若くて性的に未熟な子牛の去勢は、ストレス反応をあまり誘発せず、去勢に関連する失血のリスクと感染の可能性を減らすというものです(King et al。、1991; Lyons-Johnson 1998; Stafford and Mellor 2005) 。同時に、多くの生産者は、去勢が早すぎると、出生から離乳までの雄牛の子牛の成長率が低下することを懸念しています(Lehmkuhler2003)。いくつかの研究は、授乳期に雄牛が去勢牛よりわずかに速く成長することを示唆しています(Klosterman et al。、1954; Marlowe and Gaines1958)。しかし、他の研究者は、これらの違いは遺伝的選択によって得られた改善に よるものであると提案しています(Cundiff、Willham、およびPratt1966)。
去勢後期と比較して、初期の子牛の成長率に差は観察されませんでした。この試験および他の試験からの子牛の成績の結果は、去勢をいつ実施するかを生産者が決定する際にある程度の柔軟性があることを示唆しています。生産者は、出生時または出生直後の去勢が子牛の成績や最終的な離乳時の体重に悪影響を及ぼさないことを認識する必要があります。同様に重要なこととして、生産者は、子牛が生後約131日になるまで去勢を遅らせても、そのような管理慣行を支持する生産者の哲学やマーケティングの主張にもかかわらず、離乳時に利益の増加をもたらさないことを理解する必要があります。”

http://jlia.lin.gr.jp/cali/manage/121/s-semina/121ss1.htm
“最近、集団で実施している例で2ヵ月齢程度でも作業の都合で一緒に実施してしまうことが多く、発育を低下させる一要因になっています。また、早期去勢は尿道の発育を阻害し、肥育に入ってから尿石症になりやすい例も見受けられます。一方では育成の初期は雄性を利用して発育水準を高め、胃や筋肉成長を促す方が有利なことや、直検(種雄牛を育成するための合否を直接検定する方法)落ち(12ヵ月齢)後に去勢肥育した枝肉のBMS(育種価)が高い事例があります。肉質の評価の良い兵庫の血液の割合が高い場合には6カ月齢去勢でも上物率が高い例があることを考えると、従来の去勢時期を若干遅らせて、4~5ヵ月齢で実施をした方がよいように北海道の場合は思います。表-4に去勢時期と産肉性を調査した成績を示しました。この成績では230kg体重時の去勢牛の脂肪交雑が最も高く、増体、歩留りも優れていることを示しています。これより遅かったり、未去勢牛の場合BMSは明らかに低下しています。実際の去勢作業の場合危険性を考えると、月齢が進み、体を大きくすることは避けなければなりません。4~5ヵ月齢が無難なところと考えられます。”

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