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6)運動器症状と起立不能

「調節の仕組みと生体のサインについて」の6項目、運動器疾患についてです。

6)運動器症状と起立不能

正常な運動器の機能

まず簡単に、正常な運動器の仕組みをおさらいします。
運動器は
身体を支える
身体のバランスをとる
身体を運ぶ

ために、
骨格、関節、筋肉、神経があります。関節は腱で接続されています。

骨格と関節で身体の芯を作り、筋肉を使ってバランスを取ったり移動したりします。その指令は脳や脊髄から、神経を通って伝達されます。

運動器症状の種類

前記の運動器の基本を抑えたら、症状を見ていきましょう。

立たない

「動物が立たない」というのは、どういうことでしょうか?
ここでも「立たない病気は…。」と病名を探して診断しようとするのはやめましょう。

いつものように、正常な生体の機能を考え、そして生体は何をしようとしているのかを考えます。

正常なら、立ちますね。立つのはなぜか?移動するため(食物を摂るため、逃げるため)ですね。
そして立つためには何が必要か?足が正常、筋肉が正常、心肺機能が正常、脳神経などからの指令が正常、平衡感覚が正常、熱などがなく元気活力が正常、強い痛みがなく正常。

ざっと挙げるとこんな感じです。当たり前と思うでしょうか?確かに難しい内容ではありませんね。
しかし、症例を目前にしたときに、冷静にこの思考ができたら、ベテランの臨床獣医です。

さて、こういった観点から振り分けると、「立たない」という症状は、
足、腰、などの運動器が原因か、内科疾患で立つ元気がないのが原因かに分けられます。本項では内科疾患については割愛します。
ついでに付け加えると、「面倒だから立ちたくない」というのもあるかもしれません。言い換えれば、餌を摂りにいく必要はないし、逃げる必要もないし、「立つ必要がない」ときは立ちません。

運動器が原因なら、骨格、筋肉、神経のどれが原因かを調べます。

まずは視診、触診で疼痛の有無を調べましょう。知識云々ではなく、まずは見てわかるものを確実に探してください。
外傷、骨折、脱臼などが分かります。(ただし、目立つ外傷に気を取られて、内科疾患を見落とすことのないようにしてくださいね。)

腱断裂は疼痛がない場合も多いためやや診断が困難ですが、体重をかけたときのみ疼痛がある場合が多く、関節の可動域が拡がります。

疼痛も外傷も無く、麻痺がみつかったなら、神経の損傷があるかもしれません。その場合は中枢性(脳が原因)なのか末梢性(指令の伝達が原因)なのか、麻痺の範囲を確かめて推定しておきましょう。

まとめますと、
「立てない、立たない」は、まず以下のふたつに分けます。
①内科疾患による起立不能
体調が悪くなるさまざまな原因で立てる元気がない時
②運動器疾患による起立不能
外傷等で足腰や身体を支える機能が損傷している時

そして運動器疾患なら、さらに以下のふたつに分けます。
①外傷、損傷
視診、触診でわかるもの。骨、筋肉、腱の損傷。
②神経損傷、神経疾患
主に麻痺を主徴とするものが多いが、疼痛を起こす神経疾患もある。

これでほぼ診断できましたので、あとはそれぞれの疾患の治療方法を調べて、実行すればいいですね。

破行(歩き方がおかしい)

次に、「歩き方がおかしい」という症状が出るためには、どのような理由が考えられますか?

同様に内科疾患で元気がないのか、運動器疾患で立つ機能自体の問題なのかを分けましょう。

内科疾患が原因なら、
「動作が緩慢」になるかもしれませんね。

運動器疾患が原因なら、
支えるのが問題なのか、動かすのが問題なのか良く観察してください。
足を接地する時が痛いのか、持ち上げる時が痛いのか、または力を入れることができないのか、を推定してください。その仮説を証明するために、視診、触診、神経検査を行います。

例えば「後肢を接地しない」という症例を診断する流れをみてみましょう。
まず後肢のつま先から股関節までのどこかに痛みがあるかもしれないので、蹄、足根関節、飛節、膝関節、股関節、また骨のどこかに損傷や疼痛がないか触診します。
加えて後肢を構成する筋肉のうち、支える側の筋肉に損傷や疼痛がないか確認します。

疼痛がある場合は、損傷によるものか、神経によるものかよく見たり神経検査を用いて推定してください。疼痛も損傷もないなら、麻痺がないか確認してください。

ここまでの流れを注意深く観察すれば、それが関節炎なのか、骨折なのか、蹄病なのか、分娩時神経損傷なのか、滑走なのか、概ね診断できるでしょう。

運動器疾患の診断の流れを書きましたが、特に難しいところはありませんね。

つまりは、「足は何で出来ていてどう動いているのか」を知って、その何処かに異常があれば「破行(歩き方がおかしい)」が現れる。ということです。

「立たない」や「歩き方がおかしい」は、内科疾患なのか運動器疾患なのかに注意して、運動器疾患ならその構成を良く観察するだけです。

診断できたら、治療可能かどうか判断しましょう。

ここでも生体の当たり前の機能を、素直に認識することが大切です。

5)排尿のしくみと症状

「調節の仕組みと生体のサインについて」の5項目、排尿についてです。

5)排尿のしくみと症状
「調節の仕組みと生体のサインについて」の5項目、排尿についてです。
「尿意」というのはどういうものでしょうか。

尿は腎臓から膀胱まで尿管を通り、少量ずつ膀胱内に流れ込みます。生体はこの尿の流れを感じることができませんが、膀胱内に尿がいっぱい溜まると膀胱壁が引き伸ばされ、この刺激が神経を介して脳に伝えられ、尿意となるのです。
その後大脳で「排尿をしよう」と決めると、膀胱の収縮、尿道の弛緩、そして腹圧をかけることによって排尿に至ります。

さて、「尿が出ない」という症状は何を示すでしょうか?
①尿道の閉塞②尿量が生産されていないか生産が少ない③頻尿のため尿が出ていないように見える、の3つが考えられますね。どれが正しいのかを、症状から探っていきましょう。

※「尿が出ない」かどうか「排尿は正常」かどうかをチェックするには、実際に排尿している姿を見て確認しなければなりません。外尿道孔をやさしく揉んで刺激することで、排尿反射を誘発することができます。尿道の刺激は脳に届いて尿意を起こすということですね。これで通常の排尿が確認できれば、尿閉つまり「尿道の閉塞」は除外できます。または尿道カテーテルを挿入してみて膀胱まで到達できれば、同様に尿道閉塞を除外することができます。「尿が出ない」は意識的にチェックしないと見つけづらいので、もっと一般症状である「食欲不振」や「怒責(お腹に力を入れて苦しんでいる)」として発見されるかもしれません。

まず尿道閉塞であれば、尿は生産され膀胱に運ばれますから、膀胱内には溜まっているはずです。
そして膀胱壁からの反射により尿意を感じますから生体はお腹に力を入れて排尿しようとします。これが「怒責」と言われる症状です。怒責があるなら尿道閉塞の可能性が高まるわけですね。
エコーや触診等で膀胱の拡張が確認できれば、尿道閉塞と確定できるでしょう。

尿道の狭窄(不完全閉塞)であれば、「持続的排尿」「尿淋瀝(にょうりんれき)」(ポタポタ少量ずつ排尿する)の症状が見られます。この場合も、膀胱の拡張及び怒責が見られます。

尿生産の低下であれば、膀胱以下の排尿はできるものの、排尿回数の減少が見られます。加えて膀胱拡張はなく、尿の貯留にかかる時間も長くなるでしょう。そして腎臓が原因であればそれに伴う腎不全症状が見られるでしょうし、脱水が原因であれば脱水症状が見られるでしょう。

頻尿であれば、「持続的排尿」と「尿淋瀝」が見られますが、膀胱内の尿貯留はありません。

このように、排尿に関する症状もまた、同じような症状でも原因が全く異なる場合があります。

症状を正しく理解するためには、「今、生体は何をしようとしているのか」を考えることが大切です。「尿が出ない」以外の症状や状態の観察から正しい診断に近づく事ができます。

ちなみに仙髄損傷では骨盤神経の麻痺により排尿反射が起こらなくなり、排尿困難を生じます。この場合膀胱拡張しているにも関わらず尿道の閉塞は無いという事になります。また腰髄の損傷により排尿を抑制する神経が麻痺すると頻尿になります。
大動物ではあまり出くわす事はありませんが、念のため付け加えておきます。

尿道閉塞が長時間続くと、膀胱がさらに張り詰めて腹痛症状、疼痛による心悸亢進、苦悶、起立不能と症状は進んできます。そして膀胱が破裂すれば、一時的に疼痛症状は治まり、時間の経過とともに腹膜炎や尿毒症が現れて来ます。

慢性の排尿困難であれば腎不全の症状や尿毒症の症状が出てくるでしょう。

(参考)
https://www.kango-roo.com/learning/3287/
排尿はどのような仕組みで行われるの?看護roo

いつも研修獣医さんにお話する事ですが、本を見なくても生体の仕組みを普通に考えれば、症状の理由はある程度推測できるものです。ですから初期診断に本は使用せず、きちんと体系的に「診察」を行う事が大切です。

その後、見落としをなくすためのチェックとして、症状が網羅されている教科書を参照します。

酸塩基平衡異常を示す病気

前回までの酸塩基平衡の解説を理解した上で、典型的な病態について理解しつつ覚えていきましょう。

下痢 代謝性アシドーシス

胆汁、膵液、腸液は多くのHCO3-を含みます。
そのため下痢等で消化液の分泌亢進が起こると、普段より多くのHCO3-を消費するため、代謝性アシドーシスとなります。
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/

ヒトの先天性疾患でCl喪失性下痢の場合、又は下剤の乱用による下痢ではアルカローシスになる事がありますが、例外もあるよという程度に付記しておきます。

肺炎、肺水腫等での換気不全 呼吸性アシドーシス

肺換気が障害されると、体内のCO2を効率よく排泄できなくなるので、呼吸性アシドーシスとなります。
慢性では腎性代償として血中HCO3-が増加します。

過呼吸 呼吸性アルカローシス

肺換気が過剰になると、体内のCO2を余分に排泄してしまうので、呼吸性アルカローシスとなります。

ショックと心不全 代謝性アシドーシス

循環機能低下により糖の嫌気性代謝が起こり、結果として乳酸の生成が亢進するため、乳酸アシドーシスが起こります。脱水、出血、薬物中毒による酸素利用障害、貧血など他の理由でも、組織での酸素利用が障害されると、同様に乳酸アシドーシスが起こります。
激しい運動では、筋肉において相対的に酸素不足になり、筋肉でできた乳酸が血中に出て乳酸アシドーシスとなります。

飢餓と糖尿病 代謝性アシドーシス

栄養不足のため脂肪分解が起こり、ケトン体(酸)が過剰となるため、代謝性アシドーシスとなります。

腎不全 代謝性アシドーシス

腎臓は生体内で生産された不要物(H+を含む)排泄する器官です。ですから生体内で物質が余った時に、調節機構を駆使して排泄します。
生命活動を行うと常時酸が生産されます。腎不全になるとH+の排泄能力が減るので基本的にアシドーシスになります。
ただし、腎機能が低下するということは、その他の原因でアルカローシスに陥った時のHCO3-の排泄能力も失うということで、アルカローシスの代償能力を失うため、アルカローシスにもなりやすくなります。

参考

https://www.msdmanuals.com/ja-jp/
MSDマニュアル 代謝性アシドーシス
治療の計算あり

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/95/5/95_5_859/_pdf
日常臨床に役立つ酸塩基平衡の考え方
代謝性アルカローシス

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/95/5/95_5_853/_pdf/-char/ja
日常臨床に役立つ酸塩基平衡の考え方
代謝性アシドーシス

http://www.hokkaido-juishikai.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/1310-08.pdf
代謝性アシドーシスを生じた子牛下痢症における
呼吸性代償反応に関する研究
塚野健志

4)体液の調節(電解質と酸塩基平衡)

さて、生体の調節機能を語る上で必ず避けては通れない体液の調節機構について、極力シンプルに説明してみます。

水溶液中の物質の基本的な性質と用語

まず前提知識を確認しておきます。
液体に混ざっている物質が物理化学的にどのような力を受けているか、どのような性質があるのかを知らなければなりません。

浸透圧:
異なる2つの濃度の溶液が接触すると濃度の濃い方へ水が引き寄せられる力のこと。

拡散:
異なる2つの濃度の溶液が透過性の膜を介して接触すると、濃度の薄い方へ溶質が移動する(力の)こと。

電離(イオン化):
ここでは電解質が溶液中においてや融解時に、陽イオンと陰イオンに分かれることとします。化学的にもう少し細かく定義することもありますが、今は必要ありません。
https://kotobank.jp/word/%E9%9B%BB%E9%9B%A2-102833

電離度(イオン化のしやすさ):
電離度は、水に溶けた物質のうちどの程度が電離(イオン化)するのかを示す数値です。
塩化ナトリウムNaClや塩酸HCl、水酸化ナトリウムNaHCO3は電離度1に近く、ほぼ全てが電離します。
これを、電離度が高いといいます。
酢酸CH3COOHや重炭酸イオンHCO3-は電離度0に近く、水溶液中で電離している分子は非常に少ないです。
これを、電離度が低いといいます。

NaHCO3は水溶液中でほとんどがNa+とHCO3-に電離しますが、HCO3-は電離度は低いですがさらに電離することが可能です。
また水の存在のもとでCO2とOH-に変化(化学反応)することができます。
http://mikecat.org/chem/%E4%B8%A1%E6%80%A7%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E8%B3%AA%E6%B0%B4%E6%BA%B6%E6%B6%B2.pdf

電気化学的勾配:
電気化学的勾配は2つの要素から構成されます。
1つ目は化学的勾配で、膜を挟んだ溶質濃度の差によって生じます。つまり透過性の膜を挟んだ両側のイオン濃度が不均等であるときには、イオンは高濃度側から低濃度側へ単純拡散によって膜を越えて移動するということです。
2つ目は電気的勾配で、膜を挟んだ電荷の差によって生じます。つまり膜を挟んで電荷が不均等に分布している場合、膜の両側で電荷が均等となるまでイオンの拡散を駆動する力が電位差によって生み出されということです。
また溶液全体の全イオンの電荷を合算すると常にゼロ(電気的中性)になる性質があり、これを電気的中性の原理と言います。ですから、電気的勾配はあくまで膜の内外の電位差のことです。
これら2つの因子の組み合わせによって、膜を越えたイオンの移動が起こります。

PH:
イオンのうちH+とOH-は、PHを決める役割を持っています。H+とOH-は片方が増えると片方が減る性質があり、H+の濃度だけ知ればOH-は自動的に決まります。H+の濃度を簡単に表記しなおしたのがPHです。PH7が中性で、H+とOH-の濃度が等しい状態です。これよりH+が濃い水溶液の状態を、酸性といいます。逆にH+が薄い状態を、塩基性といいます。
https://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2020/tv/kagakukiso/archive/kagakukiso_27.pdf

H+もOH-もイオンですので、PHに関与しない他のイオンと同様に電気化学的勾配の影響をうけますが、PH自体はイオンの移動に関与する駆動力とは無関係です。
PHの変化により、化学反応の速度や方向が影響を受ける事はあります。

「酸」と「酸性」を混同しないよう気をつけてください。「酸」とは水溶液中で水素イオンH+を放出する分子(塩)またはイオンのことで、これが水溶液に入ると電離して水溶液中のH+が増えます。「酸性」とはPH7以下の水溶液の性質のことです。「塩基」と「塩基性」も同様で、「塩基」とはH+を吸収して水溶液中のH+を減らす分子等のことをいい、「塩基性」とはPH7以上の水溶液の性質です。「中性」とはPH7の水溶液の性質です。
ちなみに血液は概ねPH7.4の弱塩基性です。

化学的にはいくつか定義はありますが、ここでは、酸というのは水溶液中で水素イオンH+を放出する物質、塩基というのはその逆で水素イオンH+を吸収する物質と覚えてください。

状況によっては間違いというわけでもないのですが、「酸性の物質」「アルカリ性の物質」などと言う言葉を使うと非常に混乱を招きやすいです。

加えて、「電気的中性」はイオンの電荷の総和がゼロになるということで、これもPHと無関係なので注意してください。

血液の緩衝作用について

細胞で生命活動が行われると、CO2や不揮発性の酸を生じます。これらはH+を遊離し、血中H+が増えるので、血液PHは酸性に傾きます。
PHの変化は生体タンパク質の構造を変えてしまうため、適切な生体内代謝を維持するためにはPHを一定に保っていなければなりません。
ですからこの生命活動で生じたH+を生体外に効率よく排泄する仕組みが必要になります。

何らかの要因でH+が増えてしまったときにH+を吸収し、逆にH+が減ったときに放出するような性質がある水溶液を緩衝液と言います。
緩衝液中ではH+の濃度変化が少なく抑えられるので、PHが変化しにくくなります。

生物の血液にはこのような緩衝作用があります。その反応の主役となる物質により、炭酸-重炭酸緩衝系、リン酸緩衝系、ヘモグロビン緩衝系、蛋白質緩衝系などがあります。

緩衝系の説明
http://www.igaku.co.jp/pdf/1309_resident-01.pdf

体液中の電解質組成と平衡

体液中の電解質組成は以下のようになっています。

シンプル生理学p282

左から順に、血漿、組織液、細胞内液、海水の順に電解質がどれくらい含まれているかを示しています。
青い棒が陽イオン、灰色の棒が陰イオンで、高さは電解質濃度を示しています。電気的中性の法則に従って、電荷の総和はゼロで平衡するので、同一液内では同じ高さです。

「血漿」は血液の液体部分で、血管内にあります。「組織液」は血管の外ですが細胞にも入っていない液体です。血管壁は水とイオンは通しますが、分子量の大きなタンパク質イオンは通しません。そのため血漿と組織液を比べると、電解質組成はほとんど同じで、血漿のタンパク質イオン濃度のみがやや高くなっています。少し脱線しますが、この濾過されないタンパク質イオン濃度の影響で血管内の浸透圧が組織液より高くなります。この浸透圧差が血圧維持の源です。

一方「細胞内液」は、「細胞外液(血漿と組織液)」とは全く違う電解質組成です。
細胞内液と細胞外液は細胞膜に隔たれており、細胞膜はイオンを選択的に通したり、膜輸送体によって能動的に必要なものを取り込んで不要なものを汲み出したりしているからです。

細胞膜にあるナトリウム-カリウムポンプなどの膜輸送体は、勾配に従って拡散により膜を通過しようとするイオンを勾配に逆らって能動輸送することで、電気化学的勾配を形成(維持)しています。
https://betterlate-thannever.github.io/Chemistry-2e/%E7%AC%AC14%E7%AB%A0-%E9%85%B8-%E5%A1%A9%E5%9F%BA%E5%B9%B3%E8%A1%A1.html

図を見ると、細胞外の陽イオンはNa+が非常に多く、細胞内の陽イオンはK+が非常に多いことがわかります。
細胞外の陰イオンはHCO3-とCl-が主体で、細胞内の陰イオンはタンパク質とHPO42-です。Cl-以外の陰イオンは緩衝作用を持つイオンでしたね。

Na+は細胞外から細胞内には入れません。拡散によって入っても膜輸送体によりすぐに汲み出されるので、事実上入れないように見えます。同様の理由でK+は細胞内から外には出られません。

血管壁と細胞膜の性質の違いによって、体液のどの部分まで液体やイオンが移動できるかどうかが、輸液療法を理解する時に重要になるので、覚えておいてください。

ところで、この図の中にはH+とOH-がありませんね。
そうです。このふたつのイオンは合わせて0.0000014mEq/Lしか存在しないので、省略されてるんですね。だから電解質云々の話には登場しないことがあるんですね。

ここで「平衡」についても理解しましょう。

電解質はただ存在しているのではなく、常に反応したり離れたり、移動したりしているのですが、様々な力学的な影響を受けて、見かけ上この状態を保っているということです。例えばK+が細胞内から常に外に流れ出ていますが、Na‐Kポンプで常に細胞内に引き戻しているため、動いてないように見えることに似ています。化学反応も同様に、ちょうどいいところで止まっているように見えるところが平衡です。

質量作用の法則

質量作用の法則は、「化学反応の速度は反応物の活性または濃度の積に正比例する」という法則で、動的平衡における物質の挙動を説明します。具体的には、平衡状態にある化学反応混合物の場合、反応物と生成物の濃度の比率が一定であることを意味します。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Law_of_mass_action

言葉が非常に難しいのでざっくり言い直すと、
「化学反応は、濃度が濃いと速く進む。」
「平衡状態まで反応が進むと、反応物と生成物の濃度の比率は一定になる」
そして「平衡状態に至る物質の動きを説明する」という法則です。

たとえば炭酸H2CO3は、水溶液中では一定の割合で電離する性質があります。100個のH2CO3が溶けている水では99個はH2CO3の形のまま存在し、1個のみH+とHCO3-に分かれるというような感じです。
ここにH+を放出する酸を投入すると、水溶液中には一旦H+が増加します。H2CO3は一定の割合で電離している状態(ここでは99:1)を保ちたいので、増えたH+とHCO3-が反応しH2CO3の数が増えます。反応がすべて終わって平衡に達すれば、H2CO3とH+の比率は(99:1)に戻るよということです。

さらに例を挙げて「平衡」を解説しようとも考えましたが、喩え話や化学式を用いて解説するのは化学の専門家でも難しいようなのでこれ以上はやめにします。

化学教育における平衡をめぐる理解と誤解について
https://core.ac.uk/download/pdf/147816457.pdf

図示したり喩えたりしても水溶液中での化学反応が進む様子を表現することは難しいし、むしろ誤解を招くことが多いようです。実際私も今まで理解が不十分でした。

結局のところ、目に見えない反応を頭の中にイメージとして形成するためには、化学実験したり化学平衡に関する計算問題や化学式を解いたりして一度は真面目に高校化学に取り組む必要があるようです。

今まで私が酸塩基平衡や電解質についてなんとなく納得できていなかった理由は、自分の中に「平衡」に関するイメージが掴めてなかったからかもしれません。私と同じように、体液についていまいち分からないと感じている人は、質量作用の法則について、きちんと理解するまで取り組んでみてください。

酸塩基平衡の調節について

体液PHは通常7.4で、やや塩基性です。
体液には様々なイオンが存在しますが、PHを決めているのはH+濃度です。H+もイオンのひとつですので、他のイオンと同じように、電気的中性の法則や電気化学的勾配、質量作用の法則などに従って移動したり反応したりします。そのため化学反応を起こす他のイオンもH+の濃度に影響します。

代謝により生体内に酸が増えると、H+が増えることになります。血液PHを一定に保つということは、生命活動を行うほど増えてくるH+を一旦緩衝物質で吸収し、その後うまく体外に排泄するということです。

緩衝物質にはHCO3-、HPO42-、蛋白質(ヘモグロビン等)、有機リン(ATP等)などがあります。
増えたH+はこれらの物質と一旦反応するので、PHは急に変化しません。(緩衝作用)
緩衝により吸収されたH+を排泄する経路は2つあり、肺からCO2として排泄される経路と、腎臓から排泄される経路です。
PHの調節を行う臓器は主として肺と腎臓です。

H+が増えると生体は呼吸を促進してCO2の排泄を増やし、また腎臓からのHCO3-の再吸収とH+の排泄を増やします。
H+が減ると、その逆の反応が起こります。

アシドーシスとアルカローシス

呼吸性アシドーシスというのは、呼気からのCO2排泄が障害されて、結果的にH+の排泄がうまくできない病態のことです。
代謝性アシドーシスというのは、その他の原因でH+を増やす物質が体内に溜まってしまう病態のことです。代謝性というのが分かりにくいので、最近は非呼吸性アシドーシスという言い方をすることもあります。

H+を増やす(遊離する、放出する、与えるなどとも言われます)物質を「酸」といいましたね。
よくある代謝性アシドーシスを起こす酸はケトン体と乳酸です。ケトン体は脂肪代謝が障害された結果で、乳酸は炭水化物代謝が障害された結果で蓄積します。
腎臓のH+排泄障害やHCO3-の再吸収障害でおきたH+増加も、代謝性アシドーシスと言います。
下痢でHCO3-が喪失して起きたH+の増加も代謝性アシドーシスです。

呼吸性アルカローシスは、過換気によってH+を必要以上に排泄してしまう病態のことです。
代謝性アルカローシスは、嘔吐でH+を過剰に失ったり、第四胃変位で胃酸の隔離が起こったりすると起こります。
腎不全の病態のうち、高アルドステロン血症のようにH+を過剰に排泄してしまうときも代謝性アルカローシスです。

アシドーシスとアルカローシスの代償反応

血中H+の変化が起こると、一旦緩衝物質で吸収または放出してPHの変化を抑えますが、緩衝した上でのわずかなPH変化に対処してその代償反応が起こります。
呼吸性の代償反応は直ちに起こり、アシドーシスなら呼吸運動が促進されCO2排泄促進、アルカローシスなら呼吸抑制されCO2を保持します。腎性の代償反応には2-5日を要します。HCO3-の吸収促進と、H+排泄の促進です。

ところでHCO3-って酸塩基平衡の解説によく出てくるんですが、これがなぜH+の増減と関わるのかを説明しときましょう。

通常状態で、H+とHCO3-は平衡状態を保っています。(この平衡にはもちろん他のイオンも影響しますが、この説明内では無視します。)
平衡状態から急にH+濃度が上がると、
HCO3-+H+➝H2CO3➝H2O+CO2
の反応が進むので、結果的に増えたH+はHCO3-を消費してCO2とH2Oになり、HCO3-が減ってPHは元に戻ります。

では急にHCO3-濃度が上がるとどうなるかというと、やっぱり同じ反応が起こり、
HCO3-+H+➝H2CO3➝H2O+CO2
となってH+を消費するのでPHは塩基性に傾きます。

平衡状態からH+が減ると、平衡状態のH+濃度が保てなくなるのでこの反応は逆に進み、
HCO3-+H+←H2CO3←H2O+CO2
となるので血中CO2が豊富にあれば元に戻ります。CO2がない場合はH2OからH+を奪ってOH-が増えるので塩基性に傾きます。

ではこの平衡状態の水溶液にCO2を溶かしてみます。CO2が過剰になると、平衡に戻ろうと反応が進みますので、
HCO3-+H+←H2CO3←H2O+CO2
となり、その結果H+とHCO3-が増えるため水溶液は酸性に傾きます。
CO2自体にH+は含まれていませんが、水溶液中ではH+を増やす性質があります。

というわけで、
血液中にHCO3-を加えると塩基性に傾くし、HCO3-を取り除くと酸性に傾くことになります。
血液中にCO2を加えると酸性に傾くし、CO2を取り除くと塩基性に傾くことになります。

ひとつの式だけを例として挙げました。実際は溶液中に存在している他イオンとのさまざまな化学反応が起こりますが、この反応に関してH+イオンの収支はそうなるよということです。

https://watanabekats.com/2269/
炭酸水素ナトリウムの水溶液が塩基性なのはなぜ?化学反応式を解説

http://mikecat.org/chem/%E4%B8%A1%E6%80%A7%E9%9B%BB%E8%A7%A3%E8%B3%AA%E6%B0%B4%E6%BA%B6%E6%B6%B2.pdf
両性電解質水溶液の水素イオン濃度 電離定数 証明

酸塩基平衡異常を示す病気

次回以降、ここまでの解説を理解した上で、典型的な病態について理解しつつ覚えていきましょう。

頑張って行きましょう。

その他参考

電離、電解質、電離定数などの定義
https://kotobank.jp/word/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E7%9A%84%E4%B8%AD%E6%80%A7%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86-789722#:~:text=%E9%9B%BB%E6%B0%97%E7%9A%84%E4%B8%AD%E6%80%A7%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86%E3%80%90electroneutrality%20principle%E3%80%91,%E3%81%9F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%8E%9F%E7%90%86%EF%BC%8E

電気的中性の原理【electroneutrality principle】
電解質溶液中の全イオン種の濃度は,溶液全体では常に中性になるように保たれているという原理
https://www.weblio.jp/content/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%9A%84%E5%8B%BE%E9%85%8D
https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E9%9B%BB%E6%B0%97%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%9A%84%E5%8B%BE%E9%85%8D_%E9%9B%BB%E6%B0%97%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%9A%84%E5%8B%BE%E9%85%8D%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81

酸塩基平衡についての解説
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam1948/17/4/17_4_6/_pdf

pHはなぜ0から14までなのか(pHの疑問いろいろ) 非常に理解を助ける説明
https://science-log.com/%E5%8C%96%E5%AD%A6/ph%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C0%E3%81%8B%E3%82%8914%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%88ph%E3%81%AE%E7%96%91%E5%95%8F%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%84%E3%82%8D%EF%BC%89/

二酸化炭素の溶解と酸塩基平衡 (1) -大気との平衡
http://ftacg.livedoor.blog/archives/26517389.html

循環器症状の解釈

やっとここまできて、症状の解釈について書けます。
これが書きたい為に、長々と生理学の知識をおさらいしていました。

診察する時は、聴診により日常的に心拍数をカウントすることになると思いますが、この心拍数はどんな意味を持つのでしょうか。

診察にて日常的にチェックしている「症状」は、たいてい何かの代償作用であり、また代償機構は全身で統合的に働いていますので、症状ひとつがひとつの診断を導くわけではありません。症状は代償機構であることを意識して、ひとつの症状が他のどんな症状とセットになっているかを見ると、それがどんな代償機構によるものなのかを判断する手がかりになり、原因と現状の推定に利用できるのです。

例えば心拍数の増加を見つけたら、まずは痛みや興奮のような交感神経が働くような状態なのか、血圧低下の代償なのか、貧血か、または心臓の直接的な異常か、などを頭に浮かべ、次の手がかりを探して振り分けます。

痛みや興奮、または運動が原因で心拍が上がった可能性を確認するために、活力は正常か、粘膜の色は異常ないか、呼吸はどうかなどを確認します。

運動に対する代償で心拍数が上がっているなら、よほどのことがない限り筋力や活力は正常、意識も正常でしょうし、呼吸数は上がっていても呼吸音には異常がないでしょう。体温はやや高いかもしれません。少し安静にして心拍数が下がるのを確認すれば確定できます。

逆に心拍数上昇に加えて活力が低いなら、もともと安静でも心拍数が下がらないということですから、心因性かその他の低酸素を示す状態かもしれないと考えられるでしょう。続いて心雑音に注意して聴診し、頸静脈の怒張がないかもチェックします。これらに異常があれば、心因性の疑いを強めるわけです。

さらに浮腫や肺水腫や腹水などはないか、血圧の低下はないか、末端の温度低下はないかなどをチェックして、ショックや心不全によるものではないか、また循環障害の有無と程度をチェックします。

頻脈、血圧低下、粘膜蒼白、末端の冷感、意識混濁、という症状が揃ったらショックです。重度のショックなら緊急治療が必要ですがそれはここでは触れません。もしそのまま診断を進めるとしたら、ショックを起こす原因を知るために感染や発熱はないか、出血はないか、毒物を摂取した可能性はないかなどを調べます。

心因性の可能性が少ないとしたら、可視粘膜をチェックします。蒼白なら貧血によるものかショックか、チアノーゼなら肺換気不全や心不全か、血液ガス交換を阻害する病気かなと考えられます。粘膜の紅潮は末端の血管拡張ですから、体温上昇やアナフィラキシーによる炎症の影響かもしれません。

心拍数増加についてたくさん書きましたが、逆に心拍数が低下したときは、消化器疾患などの副交感神経が働くような状態かもしれません。他の消化器症状をチェックしてみましょう。

このように、ただ心拍数を単体の症状として捉えるのでなく、生体機能の一部分としての心拍数だと意識して、その他の症状と合わせて診断に利用してください。

そのためには、生体がどんな時、どんな反応をするのか、またその機構にはどんなものがあるのかといった生理学的な理解が必要です。診察で異常を発見し理解するには生理学が最重要なのです。

疾病の代償としての循環調節

これまで書いたように、生体はさまざまな調節機構を駆使して体を元気でいられるよう保とうとします。

そこでもし循環器のある部分に障害が起こると、その障害をカバーするように反応します。

その時現れる反応が、いわゆる「症状」です。症状はさまざまな調節機構と代償機構の結果なのです。

この後は、さまざまな障害に対する生体の反応を書いて行きましょう。

心不全に対する生体の反応

うっ血性心不全
うっ血性心不全は、心不全による心臓ポンプ作用の障害と、静脈系のうっ血が加わった病状のことです。
これまで説明した機構を用いて理解しましょう。

①心筋梗塞などがきっかけで心臓ポンプ作用が低下する。
②速い代償として、心臓に流入する血液が増え、心筋が拡張することで心拍出量を回復させる。循環反射により交感神経の緊張の高まり心拍数と心筋の収縮性が増加する。また静脈系の緊張が高まり心臓に多く戻すことで貯留してある血液を体循環に動員する。
③遅い代償機構として、心筋細胞が太くなり、結果として心臓の壁が厚くなる。同時に心臓の収縮を促す物質が生産され、心臓の拍出力が増す。腎臓によるNa+と水の再吸収が制限され、血液量が増加する。
④代償機構により一時的に循環が確保されても、心臓のポンプ機能が回復しない場合は、心不全が長引き心臓の収縮性が低下し始め、ますます代償機構に依存するようになる。
そうなると、心拍出量の低下から循環血液量の増加が起こり、さらに心拍出量が低下するという悪循環に陥ります。標準生理学p531

だから症状は、心拍数が高く、静脈が怒張、四肢や胸垂の浮腫などが起こります。

ショックについて

ショックの初期には、これまで見てきたさまざまな代償機構が総合的に働き体を維持しようとしますので、代償機構の理解と整理のためにショックについて成書をもとに解説します。

ショックとは、急性に起こる全身の血液循環が障害されている状態で、特に末梢循環が障害されている状態の事です。重要な臓器組織の微小循環が著しく障害される結果、多臓器不全につながります。
代表的な症状は、血圧の低下、微弱で頻数な頻脈、皮膚の蒼白、意識状態の変化(興奮または低下)、尿量減少などです。

原因はいずれも心拍出量を急性に減少させるものです。つまり、①心臓の収縮性が低下する場合(心筋梗塞による心拍出量の低下)②静脈還流が減少する場合(出血による血液量の減少、細静脈の緊張低下(毒素、アナフィラキシー、交感神経活動の低下))などがあります。
ショックの原因は様々ですが、病状には多くの場合共通のものがあります。病態が軽い場合は循環調節メカニズムの大小作用によって心拍出量、血圧などは正常範囲に戻ることができますが、代償能力の限界を超える重症の場合は悪循環に陥り回復不可能になることがあります。
標準生理学p589-590

ショックに対する生体の反応

ショック初期の代償作用
心拍出量の減少とともに血圧が下がると、動脈圧受容器が検知した情報をもとに交感神経の活動が高まり、心拍数が増え、末梢血管が収縮します。血管収縮は特に皮膚と筋肉で強く起こり、皮膚が蒼白になります。
血管収縮は腎血管についても起こり、腎血流の低下は内分泌調節機構を介して血管収縮による血圧上昇を起こし、腎臓からの水の排泄量を減少させることによる体液量の上昇を起こします。その結果心拍数を上昇させるように働きます。
出血性ショックと細菌性ショックでは心臓機能で代償しようとするため、初期には心拍出量は増加します。
出血性ショックでは血液量を回復させるために尿量の減少を起こし、毛細血管圧の低下が組織間質から血管内への体液の移動を起こします。
また、のどが渇く反応も同時に起こり、血液量を増やそうとします。

進行性ショックの悪循環
①心臓機能の低下
血圧の低下が代償範囲を超えると冠血量が低下して、心臓が動けなくなり、乳酸などの代謝産物が蓄積し、ますます心臓機能が低下します。
②血管緊張の低下
血圧低下の初期には血管収縮により血圧を上げようとするが、長期間この状態が続くと血管の収縮が維持できなくなります。
③微小循環の異常
血圧の低下が重度で微小循環が維持できなくなると、次のように悪循環に陥ります。
まず組織がうっ血状態になり組織の低酸素が起こると、血管組織の損傷が起こり、これにより血液凝固と血漿の漏出が起こると、さらに組織の低酸素と損傷の拡大が起こります。標準生理学p590

高血圧症に対する生体の反応

高血圧の原因は様々であっても循環系に見られる変化には共通のものが多いです。
高血圧が続くと、心筋の代償性変化として心臓の肥大が特に左心室で起こります。心臓の肥大と冠循環の障害は心不全を招きます。全身的に血圧が上がり血管抵抗が上がりますが、特に腎臓への影響が大きく、腎血流が不足します。腎血流の減少は血圧を上げる調節機構(レニンアンジオテンシン系)を働かせるため悪循環となります。標準生理学p588
また高血圧が長く続くと、腎臓や脳の細動脈に圧がかかり血管内の炎症を起こしたり治ったりを繰り返すため、血管の内側が狭くなります。その結果腎臓硬化症や脳卒中などの問題を起こしやすくなります。

浮腫

組織間室に過剰の水分が貯留した状態を浮腫といいます。組織液量は毛細血管の濾過と再吸収のバランスで定まりますので、ろ過の増大、再吸収の減少、リンパ流の障害が起こると浮腫が発生します。
この仕組みにより、浮腫の発生は①毛細血管壁の障害②平均毛細管圧の上昇③血漿膠質浸透圧の低下④リンパ管の通過障害、によって起こります。
このうち②の毛細血管圧の上昇は静脈圧の上昇に起因することが多いです。右心不全では体循環領域に、左心不全では肺に浮腫が起こります。肝硬変の場合は肝臓の血管抵抗が高まるので門脈血圧が上昇し、消化器系の毛細血管圧が高くなって腹水を生じます。
標準生理学p554

循環の調節と相互関係

循環系の最も基本的な機能は、末梢組織に血流を供給することです。そのためには、心拍出量と臓器への血流配分を調節することが必要です。

循環調節とは、血圧、心拍出量、血管抵抗を調節する機構です。これらは相互に影響し合い、また調節をし合っています。例えば心拍出量が増えれば動脈血圧が上がります。血圧を平衡状態に戻すために血管抵抗を下げ、続いて静脈が弛緩して血液貯留量を上げることで心臓へ戻る血液量を減らし、血圧を保とうとします。血管抵抗が増えて血圧が上がる場合も同様です。また逆に静脈の弛緩が先に起こり血圧が下がった場合は、血管抵抗を上げたり心拍数を上げたりして血圧を保とうとします。

こうして心臓の運動、流れやすさ、貯留量は、相互に影響し合い、組織でのガス交換と物質交換が円滑にできる血流を確保できるよう適切に保たれています。

心臓が時間あたり多量の血液を送り出せば、動脈血圧は上昇します。それを適切に戻すために、生体の反応として血管抵抗を下げます。血圧が先に上がれば、続いて静脈環流が増加して心拍出量が上がります。

循環の調節は平常時に一定の値を保つようされていますが、運動時や低酸素時などの特殊な状態のときは脳や心臓などの重要な器官への血流を確保しつつその他の各臓器にも血流を供給するように調節されます。標準生理学p568

これら一連の循環調節は自律神経性、ホルモン性、局所性にさまざまな調節機構があります。

血管と心臓の調節

中枢性調節、外来性調節

生体は血圧が上がれば、下げようとします。心拍数が上がれば、下げようとします。逆もまた同様に行われます。血圧、心拍数、心拍出量について、適切な値を維持しようと常に調節を行い、各組織に適切な血流を維持しようとしています。

安静状態で適切だった心拍や血圧は、ある時危険が訪れると、逃走や闘争に適した値に調節されなければならなくなります。そういう時は中枢から心臓や血管に指令を出して、適切な状態に変更するよう指示が出ます。循環器内で調節されるのではなく、循環系外からの調節という意味で外来調節、それぞれの臓器ではなく指令塔からの調節という意味で中枢性の調節と表現されます。

局所性調節

生体全体として、循環器をどのような状態に保つのが適切かを判断して設定するのは中枢です。ただし、各組織で起こっていることを感知して、組織でそのまま対処する仕組みもあります。それらを局所性調節といいます。

中枢が血圧を上げなければならないと判断して血管収縮と心拍数増加指示を出したら、増加した血圧と血流に対して局所で自己判断し、増えた仕事をこなすように働くようになります。

どの臓器にどれだけ血液を配分するのかは、臓器ごとの血管抵抗を増減することで調節することができます。例えば逃走時に筋血流を増やすなど中枢性に調節されることもあれば、筋運動や組織代謝に伴い発生する物質(乳酸やCO2など)に反応して局所性に調節されることもあります。

具体的な調節機構を、一応確認しておきましょう。

血圧調節のための血管の調節

①生体は細動脈の太さを調節します。 細動脈の平滑筋を使って細くすると血管抵抗が増加するため同じ心拍出量でも血圧が上昇することになり、太くすると血圧が低下します。

②生体は静脈の太さを調節します。静脈系を収縮させると、静脈系に貯留させてある血液を心臓にたくさん戻すことになります。すると循環血液量が増え、血圧が上がります。

③生体はバソプレッシンというホルモンを介して、腎での尿生産を減らします。その結果体水分の節約となり循環血液量が維持されます。

④局所では細動脈の収縮、細静脈の軽い収縮が起こり、その差により毛細血管圧が下がります。すると毛細血管内に組織から水分移動が起こり、循環血液量が増加します。

血圧調節のための心臓の調節

①交感神経は洞房結節のパルスを増加させ心拍数を増やし、また収縮力も増やします。副交感神経は逆です。

②心臓は変動する血圧に対し、1回拍出量を一定にし、心臓への流入量と拍出量が等しい状態に心臓自身が自動的に調節する仕組みがあります。

これは心筋の張力によって筋力が変化するためです。簡単に言うと、生理的範囲では心筋が伸びるほど収縮力が増えるからです。これをスターリングの心臓の法則または内因性機構といいます。標準生理学p519

血管抵抗の増加により血圧が上がると、一時的に心拍出量が減りますが、それに伴い心臓内に貯留する血液が多くなると、自動的に収縮力が増すためすぐに回復します。

また静脈圧の上昇で心臓への流入が増えると、同様にしばらくは心筋が伸展し収縮力が増加し拍出量が増えます。いずれ流入量と拍出量が等しい平衡状態まで回復します。

③遅れて働く代償機構として、心臓に長期的な圧負荷がかかると、心筋が太くなり心拍出量が増加する。

心拍出量の調節

心拍出量を生理的に調節する機構は次のようなものです。

(1)心臓の心拍数と収縮性の調節

 ①神経性調節として、心臓交感神経は心拍数増加、収縮性増加。心臓迷走神経は心拍数低下、収縮性低下。

 ②液性調節として、副腎髄質からのノルアドレナリンとアドレナリンは心拍数増加、収縮性増加。無機イオンとして、カルシウムイオンは心拍数増加、収縮性増加。カリウムイオンは心拍数低下、収縮性低下。

(2)平均体循環圧を変えて静脈還流量を調節する

 ③神経性調節で静脈圧を高めると静脈還流量と心拍出量が増える。逆の調節も可能。

 ④液性調節のノルアドレナリンとアドレナリンも③と同様。

 ⑤血液量が増えると体循環圧が増加して静脈還流量が増える。出血の場合は逆の反応となる。

 ⑥局所調節として、運動により筋肉が筋静脈を圧迫すると、静脈弁の作用により静脈還流量が増える。

標準生理学p527

3)血圧と循環

ご存知の通り、動物の体には、血液が流れています。
しつこいようですが、勝手に流れているのではありません。生体が流していると意識してください。

さて、生体はどのようにして血液を全身に循環させているのでしょうか。その調節機構を確認していきましょう。

まずは基本的な構造と機能の確認です。

血管の構造

動脈も静脈もゴムホースのような伸展性をもった管ですが、動脈は厚いゴム様、静脈は薄いゴム様で静脈の方が20倍も伸びやすく出来ています。標準生理学486

容量は静脈系が循環血液量の75%、動脈系が20%、毛細血管網が5%を収めており、静脈圧を変化させることで循環血液量の調節を行っています。標準生理学P543

静脈流

心臓から一番遠く、心臓に戻る血管が静脈ですが、静脈環流の主な駆動力はやはり心臓が押す力です。血液は心臓の圧力に押されて心臓に流れ込みますが、それを補助する力として①筋ポンプ②呼吸ポンプ③心臓の吸引作用があります。

静脈には逆流防止の弁がついており、筋肉の隙間を走る静脈を筋肉の運動によって圧迫すると、弁のおかげで血液は1方向にのみ流出します。そして筋肉の圧迫が解けると、1方向からのみ流入します。こうして筋肉少しずつ血液が運ばれていく構造が筋ポンプです。

腹腔内の圧力は息を吸うとき上がります。この時腹腔内にある静脈では、筋ポンプで押されるのと同様に心臓方向、胸腔方向に血液流出が起こります。続いて息を吐くとき、腹腔は圧力が下がり、末端からの血液流入が起こります。同時に胸腔では圧力が上がり、き胸腔内の血液は心臓にむかって流出します。この作用を呼吸ポンプといいます。

心臓が血液を駆出するのは心室の心筋が収縮する力によりますが、その収縮が解けると、心筋の弾性により静脈からの血液を吸引します。この力が心臓の吸引作用で、これも静脈環流を助ける力として働きます。標準生理学p545

心拍動を引き起こす信号

心臓には、周期的に電気信号を発して拍動のタイミングを決める洞房結節という場所があり、その信号をどう伝えるかを決める房室結節という場所があります。この信号の発射と伝達を調節することで、心臓の拍動を調節しています。

心臓は拍動するたびに、心筋の強い収縮とともに血液を動脈に押し出しています。

動脈流

全身から集まった血液は心臓から肺に向かって拍出され、ガス交換を終えて一旦心臓に戻ります。それから改めて大動脈内に拍出され、一気に全身の末梢組織に流されていきます。血液が動脈に入ると、動脈内の血液は心臓の力で流されます。

大動脈は弾性血管とも呼ばれ、全身に血液を届けるために心臓が強く収縮する圧力を血管の弾性で受け止めています。血管の弾性がなければ心拍出が直接血管内に伝わり、高圧と低圧の差が激しく繰り返すことになりますが、この弾性により内圧の変動を減らすことができ、結果として末梢組織への血流が平滑化されます。標準生理学486

心臓から血液が出てしばらくはこの弾性血管が拍動を受けとめて平準化していますが、組織の直前まで拍動は完全になくなるわけではありません。

動脈は大動脈から分岐を繰り返し、遠くの組織に行くほど細くなり、抵抗が増します。血管が細くなるということは、それだけ血液が通り難くなるということで、この通り難さを血管抵抗といいます。

心臓から遠くなり組織に近づくにつれ、動脈はさまざまな組織に血液の分配を調節することができる構造になり抵抗血管と呼ばれます。抵抗血管には平滑筋が増え、内腔を拡げたり狭めたりすることで通り難さを調節することができます。動脈が心臓から一番遠く細いところを、細動脈といいます。

毛細血管

その先は組織内を走る毛細血管です。
毛細血管には平滑筋がありません。
毛細血管は赤血球がギリギリ通れるくらいの細さで、組織細胞の間を通ります。血流の速さは毛細血管で最も遅くなります。

毛細血管における血流の速さと血管内外の物質交換速度は動脈血圧と静脈血圧の差に影響を受けます。

リンパ流

リンパ管は組織間質(細胞の間、毛細血管の外)に開口して、血管壁を通過できない高分子の老廃物や細菌などの不要物を回収します。また血圧によって毛細血管から滲み出た血漿(血球以外の液体部分)を回収し、リンパ管を伝って心臓まで運びます。
このリンパには、血管内に入れたくない大きな老廃物や、外傷などで感染した細菌などの病原体が含まれます。リンパ管には要所ごとにリンパ節が設置されており、ここに免疫細胞が待機して危険なものを通過させない関所のように機能しています。
例えば後肢の外傷により細菌が侵入すると、膝下リンパ節、鼠径リンパ節において感染が身体の中心部に拡大するのを防いでいます。

心臓と血管の構造を理解したら、次回は血圧と循環の調節についてお話しますね。

代表的な疾患と便性状

食事性下痢(成牛)

 濃厚飼料の過剰、不適切な栄養バランスにより、消化不良を起こした場合、消化管内の浸透圧の上昇、消化管内の細菌叢の変化などが起こります。

便色が淡くなるのは通過速度が速くなるときで、分解が間に合わない速度で通過している状態です。この時は便中にビリルビンが残存しているために、便が排泄された後、ビリルビンが酸化して淡褐色から暗緑色に変化します。また便中に未消化物が含まれるため、便臭が強くなります。

初期は浸透圧性の下痢となりますが、病状が進むと細菌叢の変化や感染等を併発しやすくなり複合要因に移行します。

細菌性下痢

毒素性大腸菌による下痢は分泌亢進を主とする下痢です。毒素および炎症の刺激のため、分泌と運動亢進が同時に起こるり急性の水様性便がでます。
動物病理学各論p210、

サルモネラ菌よる下痢は大腸菌と同じく分泌主体の下痢を呈します。盲腸、結腸炎を起こし、感染程度によっては出血を伴います。動物病理学各論216
悪臭、泥状〜水様で粘液、血液、偽膜を混ずることがあり、1〜2週間持続する。牛の臨床332

ヨーネ病は小腸に広範な肉芽腫性病変を作り腸粘膜が肥厚するため粘膜機能が障害され、動物病理学各論221
黄褐色、泥状〜水様、血液の混入はなく腐敗臭はありません。薬剤に反応し難く慢性下痢となります。
感染性が強く根治不可能なため法定伝染病に指定されています。
牛の臨床313

ウイルス性下痢

牛ロタウイルスは十二指腸から空腸、牛コロナウイルスは小腸の全部位の吸収上皮細胞に病変を形成し、分泌亢進性下痢を起こします。動物病理学211-212
水様で黄色、乳白色、淡黄緑色の便を排泄します。牛の臨床p307
水の排泄が重度の時は米とぎ汁のような白色透明の便を排泄します。

大腸からの粘液が多量に含まれる場合は濃さが均一でないように見えるため「卵スープ状」と表現されます。
BVD-MD 滲出性腸炎(線維素性腸炎)、広範な腸粘膜潰瘍のため滲出性下痢を示し偽膜排泄
動物病理学各論209-216

寄生虫性下痢

動物病理学各論209-216 動物病理学各論226-

コクシジウム感染による下痢の便性状は、初期は暗赤色泥状、中期は出血の増加により赤色、後期は血漿と血液を多く含む黄赤色となります。
コクシジウムは小腸、大腸、直腸の腸粘膜に寄生し病変を形成します。病巣が拡大するにしたがって便性状は変化します。
直腸付近の炎症は排便行動を促進するため頻回排便(しぶり)を起こします。

クリプトスポリジウムは小腸の微絨毛内に寄生します。
動物病理学各論p227
小腸絨毛に障害を与えるため、分泌亢進および吸収不良性の下痢です。便性状は黄白色の水溶便であることが多いです。
有効性の高い治療薬はありませんので、自己回復するまで脱水を防ぐ治療を続け体力を維持します。

線虫症は腸炎が起これば下痢になります。腸管の炎症による下痢です。
条虫症は反芻獣ではベネデン条虫、拡張条虫が知られており、吸着部位に上皮の剥離や潰瘍、炎症が起こるため下痢、血便の原因となります。条虫症は発生が散発的であり、かつ診断には能動的な検査が必要となるため、発見が遅れやすい印象です。条虫用の薬以外は無効な為、通常の治療に反応しない場合は早期に糞便検査にて除外してください。

その他の下痢

カビ中毒
 カビ毒(マイコトキシン)による下痢で、突発性の悪臭のある不消化下痢を排泄し、食欲減退を伴います。牛の臨床p341

母乳性下痢(子牛の消化不良性)
母牛の飼料不足、飼料変更によるルーメン環境の悪化などにより乳汁中に脂肪が増えると、脂肪不消化性下痢が起こります。
酸臭のある脂肪便で白色〜黄色です。重症なほど黄色味が抜けます。脂肪便は脂肪を多く含むため、艶があり水に浮きます。
牛の臨床p285
黒毛和種子牛の母乳性 白痢に関する研究,岡田,1999
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjvc1990/22/2/22_2_51/_pdf

一胃絨毛の形成不全(4-5か月令の慢性下痢)
哺育期の穀物摂取不足により第一胃絨毛の形成不全が起こると、VFA吸収効率の低下により慢性下痢になります。褐色泥状便を排泄します。

抗生物質による菌交代症
腸内細菌の減少や死滅により胆汁の代謝が阻害された結果、緑色下痢を排泄します。

胆汁分泌不全による下痢
胆管炎や胆石等で胆管閉塞が起こると、胆汁の排泄が阻害され、絵の具のように真っ白な下痢が排泄されます。

環境性下痢
寒さで下痢をするということが俗説的にはよく言われていますが、寒冷刺激と下痢の直接的な関連を示唆する論文等は見つけられませんでした。

湿潤環境、寒冷ストレス、群ストレスは免疫低下を起こすことで、各種病原体に感染しやすくなる可能性があります。

ストレスによる交感神経の興奮は消化管機能を低下させます。消化管運動、分泌を低下させ、水分吸収を亢進させます。
長期間のストレスによる免疫低下は感染を起こしやすくします。ストレスによる消化機能低下は消化不良を誘発したり、腸内細菌叢に悪影響を与えたりした結果、下痢を引き起こす要因になるのではないかと考えています。
またストレスにより第四胃潰瘍が起こると、炎症や疼痛により継発的に下痢が起こっている可能性があります。

寒冷ストレスについて
https://www.nosaido.or.jp/livestock/%E5%AF%92%E5%86%B7%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9/

胃潰瘍
上部消化管(胃と十二指腸)からの出血では、赤血球が消化され黒色となり、黒色タール便が排泄されます。胃潰瘍や壊死性腸炎などで重度の出血があるときに円筒状の黒色血餅が排泄されます。

まとめ

便性状と色についてさまざま例を挙げましたが、結局のところ便から推測できるのは、病巣の位置と重症度であって病名ではありません。
便性状はさまざまな調節機構が働いた結果ですので、便と病気を直接関連づけて早合点し、他の症状を見落とすことがないよう気をつけてくださいね。

便性状の変化する要因

黒色は上部消化管(胃、十二指腸)からの出血です。赤血球が胃酸により消化された結果です。タール便と表現されることがあります。

赤色や暗赤色は下部消化管(小腸、結腸、直腸)からの出血です。色は出血の部位と量に応じて変化します。量が少なく持続的である場合や腸内滞留時間が長い場合は消化液の影響を受け暗色が強くなります。逆に量が多い場合や結腸以下の出血で排泄までの時間が短い場合は鮮血色に近くなります。

褐色は通常時に見られます。通常時は腸内細菌によって胆汁に含まれるビリルビンが分解されステルコビリンが生成されるため便は褐色になります。

緑色は、胆汁中のビリルビンが分解されず消化管内に残った時に見られます。ビリルビンが腸内細菌の不活化により分解できないか、ビリルビンが増加して分解しきれないと便中に残存することになり、腸内の酸化ビリルビンにより便は緑色になります。

白色は、胆汁の量が少ない時に見られます。胆管閉塞の時は便中に胆汁が排泄されなくなるため、便は白色になります。下痢により水分が増えて薄まることで淡褐色〜乳白色になりますが、程度によっては白に近くなります。さらに水分が増えると透明に近くなります。米とぎ汁と表現されることがあります。
粘液の分泌が多いと便性状が不均一になり、卵スープ状と表現されることがあります。

このように便性状や色は、出血の部位や量、消化管内の分泌と再吸収のバランス、腸運動の変化による食渣の腸内滞留時間、消化管内の細菌叢の活性、生体内のビリルビン濃度の要因が複合的に作用した結果変化するのです。加えて食物自体の色も影響します。

ですからさまざまな疾患に特徴的な便性状というのは確かに存在しますが、必ずしも同じような便が出るわけではありません。病因は同じでも、その障害を受けている部位、範囲、程度と生体の反応の程度により便は変化するからです。

便性状だけでは病因の確定まではできませんが、障害されている部位と程度を推測して診断と治療に役立てることができます。それぞれの病因によって障害されやすい部位が異なるためです。

便性状を見る時は、これら複合的な仕組みが働いた結果であることを理解した上で評価し、診断に利用してください。