仕事が苦しい獣医師のひと、独立開業して頑張る人へ

仕事、やりたくないなーとなったとき

仕事にいつでも行けるのは、
心を凍らすのに慣れた人。

仕事、やりたくないなー
となったとき。

心凍らせて、そんな気持ちは無視する習慣。
大人になるほど、そうなってくる。

するとね、ほかの誰かが心折れて、休んだり辞めたりした時に、
無視された心が怒りとなって溢れてくる。

そんな事も出来ないなんて。
なんてわがままなんだ。
人としてどうなんだ!
社会人として!
みんな頑張ってるのに!

…。

心の一部だけを凍らす事は、多分けっこう難しい。
苦しみに蓋をすると、喜びや感動も一緒に出てこなくなる。
それはさびしい。

僕は、どっちも大切にして欲しい。
どっちもわかる。いい歳なんで。

こんな時、どうしたらいい?
と悩んで考えてみた。

その人に、自分の心に正直になってほしい。
それは、僕と同じになって欲しい、僕の生き方を肯定してほしい事の裏返し。

みんなの為に、少しだけ我慢してくれてもいいんじゃない?
これは、自分の為に、都合よく動いてもらいたい。という事。

なーんだ。どちらも利己的な話じゃないか。

じゃあどうする?

 

最大限利己的に動く、自分の判断で動くこと。それがみんなのためになり、自分のためにもなる

ここで、
「自分のわがままは、そのまま相手の利己的な行動を肯定する事になる。」と気づいた。
と同時に
「利他を強要する事は利己的であり、利他を強要された人たちの怒り」なんだ。

だから、利他の強要に怯えて、利己を抑える事はない。
みんなの為、という美徳に歪められてはいけない。美徳で縛り合う連鎖から、逃れなければいけない。

これを一気に逆回転させてみよう。

まず最大限利己的に動く。
そして利他を強要された人たちの、利己的行動を肯定してやる。
そうすればきっと、自らの利己的な気持ちを肯定された人たちだけは、こちらを肯定してくれる。
その時もし目的が同じ方向だったら。
いずれお互いに同化し、結果としての協力が生まれる。

という流れを作ろう。目的が同じ方向である事を信じて動くしかないよね。

だから、
最大限利己的に動く事。
もちろん他者の利を妨害する事は除く。
利己を意識した人助けは全く問題ないが、利他を意識した人助けは控えるか、禁止でもいい。

利己的でいいんだから、悩むことはない。
利己的なんだから、他者が同意しなくても当たり前。
そしたらひとに期待する事がなくなるはず。
期待しなければ、怒りもなくなる。

妨害されたら戦うか、それも面倒なら離れる。

そう。
社会的な判断じゃなく、自分の判断で動くこと。
つまり助けたいなら助ける。助けたくないなら助けない。
それが、みんなの為であり、自分の為になる。

 

自分の行動を、自分基準で決めてみる。「私は」の必要性

だからね。。。。

仕事選ぶときも、仕事で悩んだ時も。
仕事じゃなくても、毎日なにかを決めるとき。

自分の行動を、自分基準で決めてみてください。
自分は今、自分の判断でこれをやる。なぜなら、

私は、
技術を得て独立したいから。
お金を稼ぎたいから。
海外旅行に行きたいから。
大切な人を守りたいから。
治ったら嬉しいから。
喜ばれると嬉しいから。
褒められると嬉しいから。
ここに居たいから。
この場所が好きだから。
キレイなものがみたいから。
安全な場所に居たいから。
心穏やかに居たいから。
ひとに注目されたいから。
愛されたいから。
そうじゃないといけないんです。

必ず「私は」じゃないといけない。
「私だけは」と言い換えてもいい。

そうすると自然に相手の中にある「私は」にも気が付きます。
「あなたは〜するべき」から離れて、
あなたはどう感じる?
あなたは何を望む?
あなたはやりたい?やりたくない?
が見えてくるんだと思います。

そうやって、お互いの「私は」を見せ合って、違う方向なら、グッドラック!と言って別の道を歩きましょう。
ちょっと寂しいかもしれませんが、別に悲しい事ではありません。それはお互いを大切にする事です。

そうやって、お互いの「私は」を受け取って、もし同じ方向だったなら。。。
その時は、一緒に働きましょう。
喜んで協力できるはずです。
すごく力が合わさるはずです。
それが途中まででも、一緒に行ければいいんです。
きっといい仕事できるんじゃないかな。

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