Category Archives: ヤギの診療記録と飼育方法

山羊の診療Diary 症例21 生まれたての虚弱子山羊

*山羊の診療Diary  症例21 生まれたての虚弱子山羊

今回の症例は・・・

今さっき、双子の子山羊が生まれたけど、
小さい方の子山羊さんがおっぱいを飲めていないみたいで、
弱々しいので来て欲しいと連絡がありました。

さっそく、伺って見ると・・・
かわいい子山羊さんが2頭生まれていました。
確かに、大きさに差があり、様子を見ていると大きい子山羊さんは
お母さんのおっぱいを力強く飲んでいますが、
小さい子山羊さんは、近くまで行くものの
おっぱいがなかなか飲めない様子でした。

乳を飲めない虚弱子ヤギ

お母さん山羊さんから、子山羊さんを預かって、
まずは全身状態のチェックからしました。

 

子山羊が低体温・低血糖でないか確認

聴診で心臓や肺の音を確認し、全身状態を確認しました。
大きな問題は見つかりませんでした。
そして、心配していた体温も平熱で、低体温は今のところ大丈夫そうです。
子山羊さんの病気で低体温・低血糖という病気があります。
(詳しくは・・・山羊の診療Diary症例3 子山羊の低体温・低血糖を読んでみてください)

低体温の検査を受ける子ヤギ

子ヤギがミルクを飲めているかどうかを確認する

体温の次は、オーナーさんが心配していた「ミルクを飲めていないのでは?」の確認です。
確認する方法は、お腹を下からからそっと優しく弾むように、揺らすように押してみます。
すると、ミルクがはいる第4胃を確認することができます。
そこが膨らんでいればミルクを飲めていることがわかります。

この小山羊さんは、いっぱいにはなっていませんでしたが、ミルクが入っているのが確認できたので
自分でも少しですが飲めていることがわかりました。

 

大きな子ヤギに負けてミルクを飲めないようなら、補助的に人工哺乳を

治療は小山羊さんにミルクの足りない部分を補い体力の余裕をつけてあげるためにブドウ糖のお注射をしました。
そして、オーナーさんに人工ほ乳のやり方をお伝えしました。

生まれてすぐは、お母さんの初乳をしっかり飲んで欲しいのですが、
大きな兄弟がいて、ミルクを飲めないと衰弱してしまうため、人工ほ乳を補助的にしてあげることもあります。
このこの場合も、小山羊さんを良く観察していただいて、
もし大きな子に負けて飲めないようなら、人工ほ乳で少しお手伝いしてもらうことにしました。

ブドウ糖注射される子ヤギ

ちなみに・・・
体温測定の写真に写っている
ほ乳瓶の赤い乳首は山羊さん用で、人間の赤ちゃん用のよりも長さが長く、細くなっています。
人間用のでも人工ほ乳できますが、
この赤い乳首は小山羊さんにくわえさせやすいです。
もし、人用のほ乳瓶が使いにくい場合は試して見てください!

治療が終わって、子山羊さんをお母さんに返すと、
子山羊さんは自分で懸命におっぱいを探していました。
ちょうど大きな子はお腹がいっぱいになって眠っているので
チャンスです。
オーナーさんと一緒に見守っているとどうにか、おっぱいをくわえられました。
これで一安心。後は、オーナーさんに観察をお願いすることにしました。

次の日、オーナーさんから連絡がありがんばっておっぱいを飲んでいて元気も出てきているとのこと。
このまま経過観察としました。
小さな子山羊さんも大きな子
山羊さんも仲良くこのまま元気に育ちますように。

出産ラッシュ

ゆうきさんの牧場では出産が続いています。
11月29日にあめちゃんが、男の子の山羊さんを出産しました。

あめちゃんは、前回の出産ではふたごの男の子を生んで上手に子育てしていた
ベテランお母さん。

今回も、子山羊さんに上手におっぱいをあげています。

子山羊に乳を与える母ヤギ

11月30日には、はなちゃんが、男の子の山羊さんを出産しました。

今シーズン初の子山羊さん誕生。初乳の重要性

はなちゃんは前回、育児放棄をしていたので心配していましたが、
今回はどうやら大丈夫そうです。
そういえば、前回の出産は大きな女の子の子山羊さんで、分娩介助が必要でした。
今回は、出産も自力でがんばりました!おつかれさまー。

乳をやる母ヤギ

現在、ゆうきさんの牧場は3頭の子山羊さんがいます。

南の島も12月に入り、風が冷たくなりました。
今日の夜は冷え込むからと、ゆうきさんが保温ランプをセットしました。
私も、いつもより多めに乾草を床に敷いて寒い夜の準備は完了。
ふかふかの乾草の上ですやすや眠る子山羊さんの顔を確認したら、
今日のお仕事はこれでおしまい。気がついたらあたりはもう真っ暗。
季節がめぐって、みんなと初めて会った冬がきたんだね。

お母さん山羊さんと一緒に子山羊さんたちが元気に育つように、わたしたちもがんばるよ。
明日もみんなの元気な顔が見られますように。

今シーズン初の子山羊さん誕生。初乳の重要性

今シーズン初の子山羊さん誕生

ゆうきさんの牧場で、今シーズン初の子山羊さんが生まれました!!

今シーズン初の子山羊さん誕生

出産したのは、ゆきちゃん。
ゆきちゃんは今年の1月に3つ子を出産しました。
その時は1頭目が頭から出てきてしまったので、
お産の介助をしました。
しかし、今回はお昼間の誰もいないときに女の子を1頭生みました。
無事生まれていてほっとしました。

その元気な女の子の子山羊さんはこちら・・・

元気な女の子の子山羊

こんにちは子山羊ちゃん。
やっぱり、子山羊さんはほんとにかわいい。
「こゆきちゃん」とさっそく名前を付けました。

しばらくこゆきちゃんを観察していみると、
こゆきちゃんはお母さんのおっぱいを元気に飲んでいます。

 

初乳を飲むと、子ヤギに免疫力がつく。生まれて1〜2日はしっかり初乳を飲ませること

生まれてすぐのおっぱいは「初乳」と言います。
初乳を飲むことは子山羊さんにとってとても重要なんです。

初乳は子山羊さんに免疫を付けてくれます。
なぜなら、初乳には免疫グロブリンという病気に抵抗するための物質を含んでいるからです。

そして初乳についてひとつ知っておいて欲しいことがあります。
それは、子山羊さんが初乳を吸収できるのは生後24~36時間だけなのです。
そのため、生まれて1~2日はしっかり初乳を飲むことが大切です。

もし、お母さんが亡くなってしまったり、育児放棄などの事情でお母さんの初乳が飲めない場合は、

人工初乳を飲ませるか、おっぱいがたくさん出る山羊さんの初乳を凍結しておいて飲ませるなどしてくださいね。

こゆきちゃんは初乳をしっかり飲んでいて安心しました。
お母さんのゆきちゃんも夕方のごはんをしっかり食べて元気です。
ゆきちゃんの栄養状態も気をつけていきたいと思います。

これから毎日ゆき&こゆきちゃん親子に会えるのが楽しみです!

山羊の診療Diary 症例20 顔にできた膿瘍

*山羊の診療Diary  症例20 顔にできた膿瘍

今日の症例は・・・

夕方、ゆうきさんの山羊牧場にごはんをあげにいくと
けんとくんの頬が腫れているのに気がつきました。

頬が腫れているヤギ

診てみると直径2cm位の腫れがあり
真ん中に穴が開いていました。
全身状態は良く
食欲・元気もあり、熱はありませんでした。

膿が出てきた部分腫れている部分を押してみると膿が出てきたので、
まずは洗浄して、消毒をしました。
そして、抗生物質のお注射をして様子を見ることにしました。

この段階では、膿瘍の可能性が強く疑われました。
膿瘍であれば膿を排出して、消毒した後、数日の抗生物質のお注射で、改善が見られます。

また、膿瘍の原因がコリネバクテリウム属菌の場合、膿瘍から細菌が血流やリンパ系を介して
体内リンパ節や内部臓器に転移すると、乾酪性リンパ節炎を引き起こします。

この病気で亡くなることはまれですが、肺に膿瘍ができると呼吸困難に陥ったり、衰弱するなど
危険な場合があります。
命の危険がない場合でも、体重減少や肺炎、肝炎、繁殖の低下などの症状を呈することがあるので
注意が必要です。

他の山羊さんに感染する可能性もあることから、
治療時に切開して膿を排出するときには膿が飛び散らないようにします。
使った器具はきちんと洗浄をしましょう。
農場を消毒したい場合には石灰が有効です。

もし、状態が変わらない時は、腫瘍などの違う原因が考えられるので、
その場合はバイオプシー検査(細胞を採取して診断する方法)
をして原因を究明していきます。

このように、見た目だけでは皮膚の腫瘤は確定診断ができないので、
治療に対する反応の経過をみて、必要ならば次の検査に進んでいきます。

幸い、けんとくんの頬は膿の排出、消毒と3日間の抗生物質の治療で腫れが引き良くなってきました。
腫れが完全に収まるまで、引き続き経過を観察して行きたいと思います。

その後の経過・・・(2週間後)
だいぶきれいになってきました!!

腫瘍が治ってきたヤギ

山羊の診療 note8 山羊は水を飲みますか?

山羊の診療note8  山羊は水を飲みますか?

「山羊は水を飲みますか?」

「山羊は水をあげなくても大丈夫?」

飼い主さんからよく尋ねられる質問です。

答えは・・・

はい!!

山羊さんはお水のみます。

お水を飲む様子はこちら。(動画ファイルをダウンロード)

img_9836.trim-1.mov

ごくごくとかぺろぺろではなく
山羊さんはこんなふうにすーっと吸い込むように飲みます。

新鮮な生草を食べているときは草に水分が多く含まれているので、
量をたくさん飲まないこともあります。
しかし、画像のように乾草を食べていると、お水をたくさん飲みます。
どちらにしても、いつでも自由にきれいなお水が飲めるようにしてあげてくださいね。

なぜなら、
お水が飲めなくて、体に足りなくなると、食欲が落ちます。
そこから、体調を崩したり、成長を妨げる原因にもなるからです。

そして・・・
山羊さんはすごいんです。
品種や用途によって違いますが、
肉用の山羊さんは羊さんの半分の水で生きることができます。

最近の環境問題の中の一つ、中東など水不足が深刻な地域では、
家畜に使用できる水が限られてきており、
そのため、
山羊さんの水が少なくても生きられる環境適応性についての
研究が注目されているとのことです。

厳しい環境で生きられる山羊さんはこれからの畜産に重要な存在なのかもしれません。

山羊の診療Diary  症例19  眼のふちのけが

*山羊の診療Diary  症例19 眼のふちのけが

今回の症例は・・・

山羊さん同士がけんかしてケガをしているので診察して欲しいという連絡がありました。

現場に行き、オーナーさんにお話しを伺うと、
月齢が近い山羊さん同士を同じケージに入れたところ、けんかをして眼をケガしてしまった
のではないかということでした。

診察してみると、左目の下眼瞼(まぶたの下側)が縦に切れて、めくれ上がっている状態でした。
幸い出血は止まって、眼には今のところ角膜などに傷はありませんでした。

下眼瞼が切れているヤギ

次に飼育環境、一緒にした山羊さんを観察してみました。
ケガをしてしまった山羊さんは無角で、もう一方の山羊さんは角がありました。
確かに、けんかや遊んでいるうちにケガをした可能性もありますが、
飼育環境がワイヤーのケージのため、ワイヤーの端などでケガをした可能性も考えられました。

 

眼のふちの怪我に対する2つの治療法

治療法として、下記の二つの方法をお話しさせていただきました。
①外科治療
麻酔をかけて傷を皮内縫合法という方法で縫う

②内科治療
抗生剤のお注射、内服で傷の感染を防ぐ。
点眼によって眼の乾燥を防ぐ。

オーナーさんと相談した結果、
この山羊さんは性別が雄でも雌でもない間性で、今後、出荷を考えているということで、
内科治療を選択され、出荷までの間、点眼で様子を見ながらケアしていくということになりました。

(間性については後日あらためて記事にしたいと思います)

内科治療を受けるヤギ

注意点として傷自体は治っても、
瞬きが以前のようにできない場合、眼の乾燥が起こります。
眼が乾燥するということは、眼の表面の角膜に傷がつきやすくなったり、感染の可能性が増加します。
そのため、傷が回復した後も、経過を見ながら、今後も点眼が必要になる可能性をお話ししました。

また、ワイヤーケージは思わぬところで足をはさんだり、今回のようなケガを引き起こすことがあるので、
むき出しになったワイヤーを直したり、隙間を点検して、今後、ケガが起こらないようにお伝えしました。

 

院長追記 : 動物だけを診るのではなく、畜産コストや飼い主さんの目的・目標や気持ちを汲み取ることも大切

今回のように畜産業として飼育している場合、治す事は出来ても、最低限の処置に留まる事があります。

アン先生のように、獣医は動物だけでなく飼い主さんの目的、目標をきちんと受け取って治療方針を決める事が大切です。

間性のため今後繁殖させる事が出来ないという事、傷の状態は全身状態に大きな問題は起こさない事、畜産業なので治療コストを抑えた方がいい事、飼い主さんの気持ち。動物との接し方や飼育している目的は、飼い主さんごとに様々です。

総合的に最善の方法を選択して、さらに再発予防をします。

獣医師は獣医学的な知識や技術が必要なのはもちろんですが、人と接して話を聞く力、飼い主さんのことを理解する力がそれにも増して大切なんです。

山羊の診療Diary 症例18 妊娠鑑定

*山羊の診療Diary  症例18 妊娠鑑定依頼

前回の「山羊の人工授精チャレンジ  現場での妊娠鑑定」の記事でご紹介した、妊娠鑑定の依頼が来ました!!

今回の依頼は4頭。

早速、直腸からエコーを使用して妊娠鑑定をしました。

エコーによる妊娠鑑定

妊娠している山羊さんのエコーはオーナーさんも一緒に確認していただきました。

オーナーと一緒にヤギ妊娠鑑定

心臓の動きを確認するとやっぱりうれしいですね。

今回は、4頭中2頭の山羊さんが妊娠していました。

妊娠していない1頭は出荷されることが決まり、
もう1頭は再度、雄山羊と1か月一緒にしてみることになりました。

今回の妊娠鑑定依頼は畜産として山羊を飼育されている方からの依頼でした。
このように畜産として山羊を飼育している場合、出荷の判断材料になったり、
空胎(妊娠していないこと)の山羊を早めに見つけることによって、
妊娠の機会を時間を空けずに作ることができます。

また、妊娠している山羊さんの場合も、体長から出産予定日を推測することができます。
これは、分娩事故の予防につながります。

これからも、症例を積み重ねて、
より精度の高い妊娠鑑定ができるように工夫していきたいと思いました。

山羊の診療山羊の診療Diary  症例17 足の外傷 ~山羊のトーマススプリント&福木での固定~

*山羊の診療Diary  症例17 足の外傷 ~山羊のトーマススプリント&福木での固定~

今回の症例は・・・

山羊さんが足を骨折しているみたいだから診療してほしいという依頼が来ました。

 

両足に傷がある山羊。初診は抗生物質の注射

伺って見ると
子牛用のケージの中でうずくまっている山羊さんがいました。

ケージの中でうずくまっている山羊

前足どちらも曲げたままで伸ばせません。

両方の足に傷があり、ケガもしているようです。

両足に傷がある山羊

お話しを伺うと
朝、オーナーさんがケージを覗くと
ケージの隙間に片方の足を挟んで、もう片方の足もケージの柵のところに引っかかって
宙づりの状態になっていたとのことです。

右足は膝のところの傷が
左の前足は脇のところに傷がありました。

まず傷の状態の改善のために
初診は抗生物質の注射を行いました。

 

2診目。山羊のトーマススプリントでの両足固定

そして、2診目。

傷は完全に治っていないものの
オーナーさんのお薬の塗布や看護のかいあって
快方に向かっていました。

食欲、元気はあって、立つ意欲もあるものの
前足、両足とも曲がったままになっていて、
伸ばせない状態でした。

 

固まっている膝をまっすぐに伸ばすのは難しい。トーマスプリントを利用する方針に

私は固まっている膝をまっすぐに伸ばすのは
牛の症例をみていいると
とても難しいことを感じていました。
しかし、飼い主さんも私もやれるだけやってみたいという気持ちが
強く、院長先生にどうにかならないかと訴えました。

そして、ただのギブスだけでは足を伸ばすのは難しいから、
トーマススプリントが良いのではという方針を院長先生からいただき、
やってみることになりました。

 

トーマスプリントとは。手作りしたときの写真

トーマススプリントとは、肢先が床につかないようにして
負傷した部位や手術部位に負荷をかけないように
固定する外副子です。

そして、
牛舎にある材料を集めてオーナーさんの協力の下、院長先生が手作りしました!

トーマスプリント作りスタート

トーマスプリントのため木を切るトーマスプリント作成でテープを固定トーマスプリント完成山羊にトーマスプリントをテープで固定山羊にトーマスプリントをテープで固定

トーマスプリントで両足を固定された山羊

トーマスプリントをつけ過ごす山羊

固定が終わると・・・

治癒へのおおきな第一歩。
なんとか立つことができました。
このまま様子を見たいただくことになりました。

 

3診目。トーマスプリントを改良し福木で固定しなおす

3診目は・・・

肢の経過を見るために山羊舎に伺うと、
あたらしいギブスが固定されていました。
オーナーさんにお話しを伺うと、
トーマススプリントだと立った後、立つことはできても
問題として、自分で座れない、
自力で立ち上がれない状態になってしまったとのことでした。

そこで、オーナーさん自身が先生の作ったトーマススプリントを参考に
改良し福木で固定し直したとのことです。

トーマスプリントを改良した福木

山羊さんの様子を観察してみると、
オーナーさんの工夫によって、
自分で座ったり立ったりできるようになっていました。

山羊さん自身もとても意欲のある山羊さんで一生懸命立とうとしているのを感じました。

 

福木・ギブスで固定したときに注意をする2つのこと

以下の2つのことを注意していただいてこのまま経過を見ることになりました。

①足がむくんでいないか、足先が冷たくなっていないかを確認すること。

ギブスが強く巻きすぎていると、血流が阻害されてしまい、足がむくんでしまったり、
ひどいときには壊死してしまいます。

②皮膚の状態(褥瘡)に気をつける。

ギブスの端がずっと皮膚にあたったままの状態になると傷ができ感染が起こったり、
褥瘡ができてしまいます。

 

1ヶ月後…最後にはギブスがなくても立てるように

そして経過を伺いながらの1ヶ月後・・・

自力で立つ山羊

元気になりましたー!!
オーナーさんの献身的な看護のおかげで
最後にはギブスがなくても立つことができました!!

 

動物の治る力を信じて、できることをしっかりやっていく大切さを感じた症例

牛の診療時に
肢や膝がケガや感染でまっすぐにならない状態が続くと、
治療しても、立てないままの状態や足が曲がって固定されてしまう症例をいくつも見てきました。

しかし、今回はじめの状態はなかなか厳しいものでしたが、
山羊さん自身の治る力、オーナーさんの諦めない献身的なお世話の力で立つことができました。

動物の治る力を信じて、できることをしっかりやっていく大切さを感じた症例になりました。

この山羊さんは、もともとこの土地にゆかりのある血統の山羊さんで、
縁がつながり、違う島からオーナーさんのところに来たそうです。

雄山羊さんなのでこのまま元気に大きくなって、
この牧場で子山羊さんたちの誕生に貢献し、また新たな縁が繋がりますように!!

山羊の診療note6 ~腰麻痺(脳脊髄糸状虫症)について~

山羊の診療note6 ~腰麻痺(脳脊髄糸状虫症)について~

今回は、症例12, 14, 16の「腰麻痺」について詳しくお話したいと思います。

山羊の診療Diary  症例12  山羊の起立不能(初診) ~腰麻痺疑い~

山羊の診療Diary 症例14 子山羊の斜頸 ~腰麻痺疑い~ 

山羊の診療Diary  症例16 腰麻痺疑い ~治療をしないという選択~

 

*腰麻痺の原因

本来は牛の腹腔に寄生している指状糸状虫が、山羊に感染して体内を移動するうちに、神経組織を損傷する寄生虫の病気です。

*感染経路

指状糸状虫が寄生している牛の血液の中に子虫がいる

蚊が感染している牛を吸血すると蚊の中に子虫が入る
中間宿主の蚊 2週間で感染力を持つようになる

山羊が蚊に刺されたときに(吸血されたときに)山羊の血管に子虫が入り感染

山羊の体の中で脳脊髄神経に迷い込み症状が現れる

牛は腹腔内に移動して病害が出ることはありません。
山羊では子虫が脳脊髄神経に迷い込み、神経細胞を刺激したり、破壊することにより
運動障害などを引き起こします。

*腰麻痺 発生の時期・地域

この病気の発生は牛と中間宿主(シナハマダラカ)がいる地域に限られます。
発生時期は、蚊の活動期(6月~10月)が感染時期であり、
その2週間~1ヶ月後に症状が現れる。
沖縄のように年中、蚊がいる場合は季節に関係なく感染の危険性があります。

*腰麻痺の症状

神経が損傷された部位や程度によって症状は異なります。

腰部・後肢のまひ
歩様のふらつき
起立困難
斜頸(頭頸部が片方に傾く)
顔面神経麻痺によるよだれ、ごはんが食べられなくなる
前肢の麻痺

症例12のみやちゃんは立てなくなりました。(起立不能)

起立不能になった山羊

症例14のさしみちゃんは頭が傾きました。(斜頸)

斜頸となった山羊

神経の損傷以外は体温や呼吸、心拍に大きな変化なく
食欲もあって排便・排尿も正常なことが多いです。
しかし、立てないことで床ずれ(褥瘡)がおきて、
食欲がなくなり栄養状態の悪化すると、誇張症や床ずれからの
細菌感染などが起こり残念ながら死亡することがあります。

 

*腰麻痺の治療。オーナーさんの看護がとても重要

症状が出た場合、できるだけ早く駆虫剤の投与を行います。
また、
症状にあわせて、抗生物質や炎症を抑えるお薬、点滴などを
行っていきます。

そして、
オーナーさんの看護が回復までの間にとても重要になります。

症例12のみやちゃんは
筋肉が衰えたり、褥瘡を防止するために、
一日何度か立たせてあげることをお願いしました。

症例14のさしみちゃんは
栄養状態が悪くならないように、
人工ほ乳をお願いしました。

 

*腰麻痺の予防策

予防として以下の対策があります。

・蚊の発生時期に駆虫薬を投与すること
・蚊の発生時期には牛と離して飼うこと
(山羊から山羊の感染はありません)
・蚊の駆除(水たまりをつくらない)
・蚊に刺されないようにする
(蚊取り線香の使用やネットの設置)

山羊の診療Diary  症例16 腰麻痺疑い ~治療をしないという選択~

*山羊の診療Diary  症例16 腰麻痺 ~治療をしないという選択~

今回の症例は・・・

昨日から雄山羊が立てないから診察してほしいという連絡がありました。
現場に向かってみると100kg以上はある大きな雄山羊さんが座り込んでいました。

座り込む大きな雄山羊

さっそく、オーナーさんからお話しを伺うと、
4~5日前から、いつも決まった場所におしっこをするのにその場所まで行かなくなったそうです。
観察していると歩き方がおかしくて動くのが辛そうに見えた、
そして、今日から後ろ足が立たなくなってしまったということでした。
また、食欲、元気はあっておしっこ、うんちは問題ないということです。

後ろ足が立たなくなったヤギ

診察してみると・・・
体温 39.8℃
聴診 問題なし
腹部 ガスの貯留など膨満なし
後肢 立てない。
蹄から腰まで観察するものの外傷(ケガ)や骨折、股裂けなどなし。

以上のことから、
オーナーさんのお話し、診察を合わせると「腰麻痺」が強く疑われました。

腰麻痺については、山羊の診療note6 ~腰麻痺(脳脊髄糸状虫症)について~ に詳しく記載しています。

治療の話を始める前に、2つの選択肢を提案

今までの症例では、治療のお話しからはじめます。

しかし、今回ははじめから2つの選択肢を提案しました。

それは、

「治療する」

もしくは

「治療しない」

という選択です。

それでは、今までの症例と今回は何が違うのでしょう?

 

「産業動物としての山羊」という観点から

私の住む島では山羊肉を食べる文化があります。
このオーナーさんは畜産農家さんとして山羊を飼養しています。
山羊農家さんとして、地域の食文化を支えているのです。

今回は、産業動物としての山羊を診療しています。

この雄山羊さんは、
雌山羊さんと交配して子山羊を増やすという役割がありました。
その子山羊たちが大きく育って出荷され、お肉になっていくのです。

今回の症例は、
治療をして回復する可能性も
後遺症が残る可能性も
そして、死んでしまう可能性もあります。

こんなとき
どのような選択をすれば良いのでしょう。

 

治療した場合と、治療をしなかった場合。さまざまなケースを考慮しお話をする

今回、オーナーさんとお話ししたことは・・・

*治療した場合*
①完全に回復
→山羊さんも飼い主さんも獣医師もハッピーエンド。

②回復したけど麻痺が残った
→繁殖用の雄山羊として役目が果たせないので、お肉として出荷されることになる。
ただし、この症例で使用したい薬は注射すると2ヶ月出荷できない。
この2ヶ月間、えさ代など飼養する費用が増え、牧場全体の損失になる。
このような積み重ねから経営不振になり牧場自体立ちゆかなくなることはよくあること。
また、この2ヶ月の間に麻痺のため筋肉が衰え、お肉としての価値が下がる。
最悪の場合、腰麻痺の合併症から死んでしまうこともある。

③死んでしまった
→治療代の損失、お肉にできなかった損失だけが残る。

*治療しない場合*
→今すぐ出荷すれば、しっかりお肉がとれるのでお肉代がこの山羊さんを購入した代金よりも
高くなり、利益が得られる。またこのお金で新しい雄山羊さんを牧場に連れてくることができる。

お話しの後、
オーナーさんは今回「治療しない」という選択をされました。
この山羊さんは出荷され、お肉として町の商店に並ぶことになります。

 

動物との関係は人それぞれ。獣医学を含めた総合的なことをお話し、オーナーさんご自身に「決めてもらう」

そして・・・
診察の後、他の山羊さんをオーナーさんが見せてくれました。
1頭ずつ牧場の山羊さんのことをお話ししてくれます。
治療をしないと決めた山羊さんのことも、どんな経緯でこの牧場に来たのか、
どんな山羊さんだったのか、どんなことを期待していたのか・・・

動物との関係は人それぞれです。
治療の選択もそれぞれのベストがあります。

産業動物としての山羊さんを診療するとき、治療のことだけを考えません。
オーナーさんの状況、想いを伺い、獣医学的なことを総合してお話しして
オーナーさん自身が選択肢の中から「決めること」を目指します。

獣医学の技術の向上や治療だけでなく、
その選択にそっと寄り添えるようになりたいと
感じた症例になりました。