便性状の変化する要因

黒色は上部消化管(胃、十二指腸)からの出血です。赤血球が胃酸により消化された結果です。タール便と表現されることがあります。

赤色や暗赤色は下部消化管(小腸、結腸、直腸)からの出血です。色は出血の部位と量に応じて変化します。量が少なく持続的である場合や腸内滞留時間が長い場合は消化液の影響を受け暗色が強くなります。逆に量が多い場合や結腸以下の出血で排泄までの時間が短い場合は鮮血色に近くなります。

褐色は通常時に見られます。通常時は腸内細菌によって胆汁に含まれるビリルビンが分解されステルコビリンが生成されるため便は褐色になります。

緑色は、胆汁中のビリルビンが分解されず消化管内に残った時に見られます。ビリルビンが腸内細菌の不活化により分解できないか、ビリルビンが増加して分解しきれないと便中に残存することになり、腸内の酸化ビリルビンにより便は緑色になります。

白色は、胆汁の量が少ない時に見られます。胆管閉塞の時は便中に胆汁が排泄されなくなるため、便は白色になります。下痢により水分が増えて薄まることで淡褐色〜乳白色になりますが、程度によっては白に近くなります。さらに水分が増えると透明に近くなります。米とぎ汁と表現されることがあります。
粘液の分泌が多いと便性状が不均一になり、卵スープ状と表現されることがあります。

このように便性状や色は、出血の部位や量、消化管内の分泌と再吸収のバランス、腸運動の変化による食渣の腸内滞留時間、消化管内の細菌叢の活性、生体内のビリルビン濃度の要因が複合的に作用した結果変化するのです。加えて食物自体の色も影響します。

ですからさまざまな疾患に特徴的な便性状というのは確かに存在しますが、必ずしも同じような便が出るわけではありません。病因は同じでも、その障害を受けている部位、範囲、程度と生体の反応の程度により便は変化するからです。

便性状だけでは病因の確定まではできませんが、障害されている部位と程度を推測して診断と治療に役立てることができます。それぞれの病因によって障害されやすい部位が異なるためです。

便性状を見る時は、これら複合的な仕組みが働いた結果であることを理解した上で評価し、診断に利用してください。

下痢とは何か

下痢とは、便中の水分が通常より増えた状態のことです。
ヒトでは「便の量が一定以上になった場合」と定義されることもあるようですが、ここではより一般的に便性状の水様化のこととします。

大量の下痢により水分を失う速度が速い場合、脱水による合併症で死亡することがあるので早期の対応が必要です。

しかし下痢は消化管内の病原体を速やかに物理的に洗い流すという生体レベルでの防御反応であり、重要な防御機構ですから、ただ止めようとするのではなく脱水を補正しつつ原因を改善することが大切です。

下痢の病態生理

生体は消化管の分泌および吸収機能によって、消化液を多量に分泌し、ほぼ同量を再吸収しています。(ヒトでは1日約10L分泌し、9Lを吸収しています。1日摂取量の2Lよりはるかに多いです。)
ですから、この機能に変化が生じると容易にバランスを崩してしまいます。下痢は、腸管で水分の分泌が吸収を上回った場合に起こります。

機能による分類と原因

①分泌の増加または滲出液の漏出

平時より胃や小腸、肝臓、膵臓からは多量の消化液が分泌されていますが、感染症や消化不良により分泌が増加します。

例えば消化管の免疫活動により細菌毒素を感知した時、アレルギーや炎症が起きた時は、ヒスタミン、セロトニン、プロスタグランジン等が放出され消化液と粘液の分泌増加が起こります。
消化不良の結果、腸管内に未消化の脂肪や胆汁酸が増えると、結腸からの分泌増加が起こります。

コクシジウム感染症では、病勢が進むと結腸と直腸粘膜が破壊され漿液の滲出や出血がみられます。
このように腸管の分泌機能亢進だけでなく、腸粘膜の破壊により体液が滲出した場合も、便中水分が増加します。

②吸収の減少

胃、十二指腸、小腸では消化液の分泌が大きな役割ですが、吸収も行なっています。一方で、結腸、大腸では分泌も行いますが水分吸収が大きな役割です。

吸収を減少させる要因は、感染症、消化管の運動亢進、浸透圧負荷などです。

例えば感染性細菌が出す毒素(エンテロトキシン)はナトリウムとカリウムの能動輸送系を障害することで水分吸収を阻害します。

浸透圧負荷とは消化管内の浸透圧が上がることです。ソルビトールやキシリトールなどの消化管より吸収できない物質を多量に摂食すると、浸透圧負荷により腸管の水分吸収が阻害され、下痢の原因となります。
消化不良による便中の乳酸増加も浸透圧に影響を与えることが示唆されています。

細菌性因子や過度の腸管内容物による伸展刺激によって消化管運動の亢進が起こります。そうすると便の通過速度が上がり水分吸収が間に合わなくなるため、結果として水分吸収量の減少が起こります。

また寒冷ストレスや群ストレスも消化管運動を亢進させることがあり、下痢の原因となります。

③複合要因
食事性の浸透圧性下痢や神経性の胃腸運動亢進性下痢のように、単一要因の下痢もありますが、大抵の下痢は一連の生体防御反応として分泌の増加、吸収の減少、運動の亢進が同時に起こります。

例えば大半の感染性下痢では、分泌亢進が主体ではありますが、吸収の減少、蠕動の亢進も同時に起こります。どの機構に大きく影響を与えるかは、それぞれの病原体の特徴によります。

寄生虫やその他の感染により免疫反応としてヒスタミンが放出されることにより、分泌亢進と運動亢進が同時に起こります。感染症でない場合でも、物理的、科学的刺激、アレルギーなどで消化管の炎症が起これば同様です。

消化不良では未消化物質により消化液の分泌亢進、腸内での病原性菌の増殖、それに起因する感染、または未消化物質による浸透圧上昇などが連鎖的に起こり、これもまた同様に複合的な反応となります。

2)便と消化管

消化管の機能

便に注目する前に、消化管の機能を整理しておきましょう。消化管の機能は消化吸収のみではなく、詳しくみると以下の7つがあります。

①食物の推送
消化管は食道の一部、喉、肛門を除き平滑筋です。蠕動(ぜんどう)運動により食物を推送します。
②消化液の分泌
消化液には酵素や電解質が含まれています。
③他の臓器から消化液を分泌させるホルモンを分泌
④栄養素の吸収
栄養素の吸収の多くは能動輸送系で能動的に行われています。
能動輸送系は細胞膜に存在し、栄養素や電解質を生体内に移動させています。物質の移動は受動的拡散により移動される場合と、能動的に移動される場合がありますが、大半は能動的に輸送されています。
消化液には酵素や電解質が含まれています。
⑤電解質の調節
体内の電解質の寡多によって消化管の能動輸送系を調節しています。例えば生体内でマグネシウムが不足すると、吸収能力が上がります。
⑥体水分の調節、便の水分調節
消化液の分泌により、ヒトで1日7〜10Lの水を分泌しています。栄養素の吸収には溶媒としての水が必要で、電解質を移動させるために、ヒトで1日9Lの水を吸収しています。
栄養素の吸収および電解質の分泌のために通常時から体内では大量の水を移動させているので、下痢が起こると体水分に異常をきたしやすくなります。
⑦消化管内からの感染を防ぐ免疫機能
消化管内は体内という見方もできますが、体外という見方もできます。消化管内は外界と接して栄養素を取り込まなければならない場所であり、かつ、病原微生物を通さないようにしなければならない場所です。ですからそこでは、活発な免疫機構により感染から身を守っています。免疫細胞の70%が消化管に存在していると言われており、生体の感染防御における最大の関所なのです。

消化管の調節機構

前項の基本機能を順序よく効率的に行うため、さまざまな調節機構があります。消化器の調節機構の全体像を掴むために生体レベルの調節を中心に解説します。

前項の消化管の機能に対して、それらが達成されるように、生体は協調的に調節を行います。

神経性の調節と内分泌性の調節

消化管の分泌調節は神経性の調節と内分泌性の調節(ホルモンによる調節)があり、またこれらが連携して行われることもあります。
神経系と内分泌系について以前書きましたが、神経通路を介して直接情報を伝えるか、血中濃度を介して伝えるかの違いでしたね。

神経性の調節では、食事による味覚、嗅覚、機械的刺激による無条件反射、あるいは食事に関する視覚や聴覚刺激による条件反射によって、脳から迷走神経を経て分泌指令が送られます。また胃内や腸内では胃内PHの感知、胃内の各種栄養素の感知、胃壁の伸展の感知により、反射性に調節を行います。

消化管には、消化管同士で連絡をとるための内在性神経があります。ですから消化管の神経性調節は中枢を経由する調節と、中枢を介さず消化管内での連絡(内在性神経)による調節があります。
内在性神経の存在により消化管単独でも自律的に調節することが可能となっています。

ホルモンによる分泌調節は、消化管自体がホルモンを使って他臓器や消化管自身に情報を伝えて調節を行います。消化管ホルモンには、胃液や膵液を分泌させるホルモンや、分泌を抑えるホルモンなどがあります。

分泌の調節

まず空腹感や視覚からの条件反射などにより消化液の分泌と胃の収縮が起こります。
そして食物が消化管に入ると、味覚や胃の伸展を感知して消化液が出され、量と質に応じて消化管運動は亢進したり抑制されたりします。消化液と混ざった食物が、下部消化管に流れていくと、その刺激を感知してさらに適切な消化液を分泌したり運動を調節したりします。食物が通過し空になった胃では、胃液の分泌が抑制されます。
これらの情報伝達には、神経系と内分泌系のどちらも関与しています。

吸収の調節

栄養素や電解質などの生体に必要な物質は、消化管内壁の細胞膜を通って輸送されます。また、不要な物質を排泄したり、消化液の分泌に伴って消化管内に排泄されたりします。

そういう吸収と分泌は、濃度勾配による自動的な拡散によるものと、濃度勾配に逆らった能動的な輸送によるものがありますが、多くは能動的な輸送によるものが占めています。
養分の吸収や消化液の分泌に伴って、溶媒である水も同時に輸送されています。

吸収の調節では、生体内に不足している栄養素や電解質に応じて、吸収能力を高めたり抑えたりします。
摂食によって食物が与える胃や腸の伸展刺激や、生体内で不足している物質を感知した情報により、吸収機能は促進されます。もう十分だと感知されれば、その物質の吸収は抑制されます。

例えば腸管内に栄養素(グルコース、アミノ酸など)が存在すると、腸液の分泌を抑えて栄養素を吸収しやすくします。
また例えば腸管から集めた血液が通る門脈にはNa濃度を感知する受容器があります。この受容器で高Naを感知すると、神経反射を介して腸管の副交感神経を活性化させ、消化管からのNa吸収抑制(および腎臓からのNa排泄促進)を行います。

ちなみに調節機構ではなく物理性質によるものとして、吸収不可能な物質をたくさん摂取すると便中の水分が多くなることがあります。
消化管内に吸収不能な物質が存在すると、管内が高浸透圧となり、水分吸収が阻害されるからです。

外来神経による調節

消化管は消化管内で感知された刺激による反射性調節だけでなく、消化管外の神経支配(外来神経)の調節も受けます。消化管は生体が消化機能を調節するべき状況だと判断された時にも調節を受けるということです。

例えば交感神経が興奮すると、通常消化機能は抑制されます。外的の襲来で逃げなければいけない時などは、消化活動にエネルギーを割くのではなく走ることに集中させなければならないからです。また急な出血のため貧血状態になったとします。すると同様に消化活動は抑制されます。消化よりも優先順位の高い生命維持装置である心臓や肺、脳に血量を集めなければならないからです。
ただし、消化機能は抑制されますが、循環血量を増やすため電解質の吸収は亢進します。
一方副交感神経が興奮すると、消化機能は促進されます。生体レベルで休息や栄養吸収を行う状況であると判断された時です。同時に心臓機能が抑制されます。

免疫による分泌調節

炎症反応またはアレルギー反応の結果、電解質、粘液、IgA分泌亢進、腸管運動の亢進が起こります。
また細菌の毒素に反応して、腸液分泌は促進され、吸収抑制が起こります。腸管内に存在する細菌の情報を感知した時は、栄養素が吸収できなくなったとしても、細菌を洗い流すことを優先して調節されているということです。
標準生理学p682

捕足

少し分かりにくいところがあるので捕足します。

「分泌」というと何かを放出することですね。

「消化液」というと唾液、胃液、膵液、胆汁、腸液などのことです。

消化液は胃内、腸管内など(体外)に「分泌」されます。

「ホルモン」は特定の機能を持った細胞から血液中(体内)に「分泌」されるものです。

消化液のうち、唾液、胃液、膵液、胆汁は主に食物の分解が仕事ですから、たくさん分泌されると消化は促進されることになります。

一方腸液は、分泌亢進しすぎると吸収がうまくできなくなります。腸液は電解質および栄養素の吸収が仕事なので、一定量は必要なのですがたくさんありすぎると流れてしまうからです。同じ消化液でも、腸液の分泌亢進は、細菌などの不要物を流してしまいたい時に起こります。

腸管内に栄養素を感知した時は腸液の分泌抑制が起こります。腸液の分泌抑制は、栄養素の吸収促進とも言えます。

さて、これでやっと便のお話に行けますね。

1)呼吸

ここでは呼吸運動に影響を与える要因を整理したいと思います。呼吸の調節は、ほぼ神経系により行われています。

呼吸の機能と副作用

まず、呼吸の機能を4つ覚えましょう。
①組織に送るための酸素を肺から取り入れる

②組織から受け取った二酸化炭素を肺で排泄する

③血液phの調節

④体温調節

生体は、血液ガス、血液PH調節、体温を感知して、呼吸数と深さを変化させているということです。

これらの調節がうまくいっているときは呼吸数が安定しており、うまくいっていない時は呼吸数が増減します。

ここで、生体は呼吸というひとつの動作を、複数の目的のために利用している事実に注目してみましょう。同時に複数の調節を行っているので、ある1つの異常を感知して呼吸数を調節すると、異常のない方にも影響を与える(異常を作ってしまう)ということです。

例えば、呼吸数を増やせばCO2が減るという目的を達成しますが、同時に体温を下げてしまいます。逆に体温を下げる目的で呼吸数を増やせば、CO2が減ってしまいます。
低酸素状態は呼吸数の増加を引き起こしますが、同時にCO2の過剰放出し、血液PHの上昇(アルカローシス)になります。逆にアルカローシスは呼吸数を減少させますが、換気量が低下しますのでCO2の蓄積と放熱の減少が同時に起こります。

実際にはその、副作用的に起こしてしまった異常は別の仕組みで速やかに解決されています。(代償機構)

ひとつの仕組みではなく、その代償的な仕組みを知ると、生体内で何が起きているのか知ることができるのです。

呼吸数に影響する要因

呼吸数に影響する要因は、
・換気量
・呼吸に関わる筋肉(吸息筋と呼息筋)
・気道抵抗
・肺と胸郭の膨らみやすさ(コンプライアンス)
・肺及び組織の血流量
・ヘモグロビンと酸素や二酸化炭素との結合しやすさ
などがあります。
それぞれを一応軽く説明すると、換気量が少なければ、ガス交換がうまくいきません。呼吸筋がうまく働かなければ胸郭をうまく拡張できません。気道抵抗が高いと空気の移動が大変になります。肺が硬くなって膨らみ難くなると、うまく換気できません。換気量はうまく働いていても、肺血流が足りないと血液ガス交換ができません。ヘモグロビンがうまく働かないか、量が少ない時は、ガス交換がうまくできません。

反射性調節機構にはどんなものがあるか

・肺伸展受容器→呼吸中枢→吸息性活動停止(ヘーリングブロイエル吸息抑制反射)
・CO2増加→呼吸刺激で肺の拡張速度の増加、吸息時間が短くなると、呼息時間も短くなるよう影響する。
・低酸素→呼息時間の短縮(速く吐こうととする)
・鼻粘膜への機械的刺激と低温刺激→くしゃみ反射と無呼吸反射を誘発
・上咽頭粘膜への機械的刺激→吸引反射、嘔吐反射、嚥下反射。嚥下反射は咽頭閉鎖と呼吸停止の反射を含む。
・上気道の陰圧刺激(上気道(鼻腔から喉頭までの間)に閉塞が起きた時)→気道の虚脱(代償的に上気道拡大筋の活動増加して、完全なる虚脱も防いでいる。)
・四肢の筋肉、関節からの固有受容器→運動時に呼吸数を上げる
・皮膚の痛覚→呼吸促進、同時に頻脈と血圧上昇
・腹部内臓痛→呼吸抑制、同時に徐脈と血圧低下
・動脈圧受容器→吸息、呼息ニューロンの抑制 (要調査)
・末梢の低O2→呼吸促進が起こると血圧上昇と頻脈
→呼吸促進が起こらないか、人工呼吸下では血圧低下と徐脈
・肺鬱血、肺塞栓①→肺伸展受容器が刺激される→吸息の抑制と呼息時間の延長
肺鬱血、肺塞栓②→肺侵害受容器も興奮→咳、無呼吸、気道収縮などが起こる
・無気肺→肺伸展受容器の閾値低下。無気肺領域の中枢側の気道が過伸展になるため
・アナフィラキシー→肺侵害受容器の過剰興奮により、気管支収縮
標準生理学P604-607

症状からみた原因と代償機構

さて、では呼吸が速い時、他の症状を合わせて観察して、どこに問題があるのか探してみましょう。

初めに書いたような呼吸の目的から考えると、呼吸が速い時は、O2不足、CO2過剰、高体温、低PHのどれかです。それ知るために、直接原因と代償機構による症状をチェックして振り分けていきます。

・高体温、皮温上昇→暑い(体温の産生が多い、放熱が少ない)
・努力性呼吸(吸う時にも吐く時にも力を入れている)→気道抵抗が高い、肺の膨らみが悪い
・心音の異常、頸静脈怒張→循環が悪い(心臓の拍出が悪い、肺の血流が悪い)
・心拍が強く速い、粘膜蒼白→血液ガスの運搬が悪い(貧血)
・下痢→代謝性アシドーシス(消化管からのhco3-喪失)

・浅速呼吸(極端に速い呼吸)→胸郭の運動障害や疼痛、または速い呼吸でも調節しきれない時(熱中症、co2の極度低下など)

・元気あり→運動による酸素消費

放熱目的で呼吸数を上げた場合、同一目的の他機構として末梢血管の拡張や皮温上昇、開口呼吸などが同時に見られます。

肺血流の低下が原因なら、それを補おうと心臓がたくさん働きます。

心臓がうまく動かないことが原因なら、呼吸数の増加が代償機構とも言えます。

アシドーシスで呼吸促進されているなら、代償機構としての呼吸数の増加です。その原因となる症状(下痢、ケトーシスなど)をみつけます。

このようにひとつの作用(今回は呼吸)の目的と副作用を理解し、代償機能を観察することで、原因を絞り込むことができます。

対処の方法

原因をきちんと推定することができれば、対処の仕方は自動的に分かってきます。

呼吸数が速く、呼吸を抑えたい時は、運動は呼吸数をあげる要因ですから、まず安静は必要です。なるべく暴れさせないようにします。原因がO2不足であれば安静にして消費を抑えます。呼吸運動や換気量の問題であれば、換気量を増やすため気管拡張、人工呼吸、酸素吸入、ということになります。放熱の異常であれば送風や水冷で放熱を助けてあげます。PHの異常であれば、点滴で補正します。

貧血、心疾患、肺水腫、肺炎など、さまざまな疾患で呼吸数の増加は起こりますが、そうした疾患が原因ならそれらの治療をします。

呼吸数が少なく、呼吸促進したい場合は、鼻粘膜、皮膚に対する刺激をします。

通常の状態ではO2不足の刺激は呼吸促進に働きますが、麻酔、意識不明など他の原因で呼吸停止してしまった場合は、反射そのものが働いていません。ですから人工呼吸を行い正常な呼吸リズムが出てくるまで強制的にガス交換を行います。

(3)調節の仕組みと生体のサイン

さて、神経系や内分泌系など恒常性維持機構の基本的な仕組みを理解したら、やっと臨床症状が理解できます。
何もかも解明されているわけではありませんが、症状には必ず原因があるのです。

本項では、診断や原因究明の手がかりとして利用できる仕組みについて解説します。観察可能な症状から、それに影響を与えている調節機構を理解していきましょう。

仕組みを考えて症状を見る習慣がないと、「子牛が元気ないんだけど、なんでかな?」→「きっとこれは流行りのRSウイルスに違いない!」とか、「妊娠しないのはなんでかな?」→「きっとこれは消毒が足りないからだ!」などといきなり検討違いの診断を下して迷走することになります。それがたまたま合っていることもあるのですが、その思考パターンを改善しないと、上手に飼育することも、適切な診断をすることもできません。直感は自分が知っている範囲でしか役に立たないのです。

丸暗記出来るシンプルな対処法を覚えることも大切ですが、それらは生理学的な裏付けがまるまる省略されているということを意識するようにしてくだい。

例えば「熱が出た→水で冷やす」ということを暗記していると、熱を下げるべきではない時に水をかけてしまうことがあります。もし暗記していたのが「元気がない→水で冷やす」になっている場合はさらに深刻な間違いをするかもしれません。

ですから適切な対処をするためには、病名や対処法を先に決めてはいけません。必ずその前に症状から生理学機構を踏まえて、原因を推定してください。言い換えると、根拠を持った仮説を立てる必要があるということです。

熱が出たのはなぜなのか、元気がないのはなぜなのかという「原因の推定」または「根拠を持った仮説を立てる」をしてから、「診断と対処をする」という順番が大切です。

次は具体例を解説していきます。

4)自律機能の調節と中枢

神経系と内分泌系、自律神経系について学びました。これらは生体内外の情報を脳に伝え、脳からの指令を各臓器に伝える手段でしたね。(これまでざっくり「脳」と表現していましたが、正確には脳も自律神経系の一部です。)

さまざまな変化を感知し、対応策をまとめて、調節や行動を起こす指令を出す場所を「中枢」といいます。中枢は実際に自律機能を行っている場所で、機能別に脳内や脊髄内に位置しています。

中枢は階層構造になっています。脊髄や脳幹などに一次中枢と呼ばれる中枢があり、間脳視床下部内や大脳辺縁系内などにその上位中枢があります。

それらの支配構造や調節行動は、会社組織に似ています。会社組織の営業部(一次中枢)は顧客のニーズ(生体内外の変化)を捉えて、部内で処理出来ることは部内で判断して顧客に対する行動(調節)を起こしますが、経営陣(上位中枢)からの指揮も同時に受けているというようなことです。

具体的な例を挙げると、排尿の一次中枢は仙髄に位置し、意識には上りませんが膀胱の感覚を感知し膀胱内圧を調節しています。膀胱壁の伸展が限度を超えると、この情報は大脳皮質と脳幹に伝えられ尿意を起こします。そして脳幹の排尿中枢から仙髄に対して膀胱の収縮、内尿道括約筋の弛緩等の指示が出て、排尿が起こる。というような支配関係があります。

ですから今後、「中枢」と記した時は、「情報を感知して、判断と指令をする場所」だなと考えてください。

標準生理学p396-398

3)自律神経と体性神経

神経系のうち、意識には上らず自動的に調節を行なっているものを「自律神経」といい、意識的に調節できるものを「体性神経」といいます。
意識的に調節することを「随意」といい体性神経を随意神経ともいいます。逆に自律神経を不随意神経ともいいます。

お腹が空いて胃が鳴るのは、自律神経系の迷走神経が胃の平滑筋を自動的に収縮させているときです。
重いものを持ち上げるときは、体性神経系の運動神経を使って骨格筋を動かしています。

各臓器においてこれらは必ずしも一方のみの調節であることは少なく、割合の差はあっても両方の調節が行われます。例えば呼吸運動は、随意でも不随意でも調節することが可能です。

その自律神経系は3つに分類されます。

ひとつめは交感神経です。交感神経が全体的に興奮すると、体は闘争・逃走状態になります。体を闘争状態にしたい時、いろいろな臓器に対してセットでやっておいた方がいい調節をまとめて行います。例えば心拍の上昇、体温上昇、呼吸数の増加、骨格筋の血流増加、消化管の抑制、体表血管の収縮などを同時に瞬時に行います。

ふたつめは副交感神経です。副交感神経が全体的に興奮すると、体は休眠、修復状態になります。この場合は交感神経興奮とはほぼ逆の調節が行われます。

3つめは内臓求心性繊維です。これは臓器の情報を感知して集めます。これは血圧、胃腸や膀胱の充満度などの物理情報や、酸性度や電解質濃度などの化学的情報を伝えます。それらの情報の大部分は感覚として意識に上らずに、種々の器官に反射性の反応を引き起こします。

標準生理学p383-388

2)神経伝達と内分泌伝達

生体機能を調節するために、全身的に情報を伝達する方法が2種類あり、それが神経系と内分泌系です。
前記の体温調節の仕組みもたくさんの臓器が協調的に働いていますが、そういう協調のための連絡方法です。

生体はこれら2種類の伝達方法を駆使して、体を元気に保つために常時調節を行っているのです。

・神経系の働きとその経路

神経系はさまざまな情報を電気で伝達する電線のようなものです。この神経は全身に張り巡らされていて電気信号を伝えます(神経伝達)。

神経は感覚器で受けた情報を脳に伝え(感覚神経)、逆に脳からの指令を運動器に伝えます(運動神経)。これによって生体は、生体内外の状況を的確に把握することができ、体内の恒常性を維持したり適切な行動を起こしたりすることができます。

感覚器に受けたさまざまな刺激のうち、あるものは脳(中枢)に送られて感覚器に固有の感覚を生じますが、あるものは感覚として認識されずに運動神経に直結して特定の生体反応を起こします(反射経路)。

・感覚神経と運動神経

感覚神経が伝える情報は、さまざまな感覚器からの情報です。感覚器とその感覚には以下のようなものがあります。
①特殊感覚(嗅覚、視覚、聴覚、平衡感覚、味覚:脳神経が関与する感覚)
②体性感覚(触覚、圧覚、冷覚、温覚、痛覚、運動感覚、位置感覚)
③内臓感覚(内臓痛覚と臓器感覚)
標準生理学p199-200

運動神経が伝える情報は、脳の運動中枢各部からの指令です。その情報ひとつひとつは主に筋肉を収縮させることができるという単純なものですが、脳がいろいろな場所の筋肉を同時に制御できるよう統合的な指令を出すことで、結果的に生体は目的の動作を達成できるようになります。

・内分泌系の働き

一方内分泌系は、神経系のように個別に繋がる通路を使う伝達ではなく、仲介物質(ホルモン)を全身に浸透させることで、さまざまな臓器に情報を伝達します(内分泌伝達)。
情報を送る側が体液中に情報(ホルモン)を放出し、受け取る側は情報(ホルモン)濃度の変化を感知する、というような伝達方法です。

体内でホルモンが多くなったり少なくなったりすると、それぞれのホルモンに特有の生体反応が出ます。しかしホルモン自体は情報を伝える道具に過ぎず、生体反応はホルモンを受け取った臓器(標的細胞)が行っています。情報を受け取った臓器がその機能を発現することで、ホルモンの作用が現れます。

内分泌系は主として、体液の恒常性の調節(電解質、血糖値、浸透圧)、発育と成長の調節、性行動の調節、のために利用されています。

今回はここまでです。生体調節のために情報を伝達する仕組みが理解できたら、次は神経系の中の自律神経系について解説します。

(2)生物の基本機能を知る

動物が生体が生命活動を続けている間、何をしているのでしょうか。

極限までシンプルにすると、生体が行っているのは①生体内外の変化を把握する、②それに対処する行動や調節を行う、ということです。

生体は前項のように物理法則の支配下にありますから、何もしなければ風化していきます。生きているということはあらゆる外力に抵抗し続けているということです。

生体にはまず、光や音、触覚や平衡感覚などの知覚だけでなく体内のあらゆる変化を感知する仕組みがあります。

そして必要なものを取り入れて、エネルギーに作り変え、要らないものを排泄する仕組みがあります。

それから、体温を保つ仕組み、運動力を生み出す仕組み、細菌やウイルスに抵抗する仕組みなどで調節や行動を行います。

このように生きている状態、つまり暖かくて、食べて、寝て、動くなどができる状態を続けるために、たくさんの機構が緻密にバランスをとり続けているのです。

そういう生体の機能を研究する学問を生理学といいます。

生体の仕組みを知れば、症状が分かります。例えば歩行異常は足が痛いだけではなく平衡感覚の異常かもしれないとか、咳は気道感染だけでなく循環不全によるものかもしれないとか、貧血は出血の結果だけではなく増血機能の異常かも知れないし血球破壊の亢進かもしれないとか、そういうことが理解できるようになります。

ですから、いろいろな病気を知る前に、最低限の体の仕組みを知らなければなりません。特に飼育管理と初期診断においては、病名を知ることよりも生理学の方が重要だと筆者は考えています。
ここでは飼育や初期診断に特に必要なものを抜粋して解説します。

1)体温調節の仕組み

生体の調節機構を概念的に一番理解しやすいのは、体温調節機構です。

牛の通常時の体温は38.5℃です。仮に気温20℃であれば、牛の体温は外気温より常に18.5℃は高くしておく必要があります。

熱源となるのは主に筋肉の運動と、第一胃内の発酵熱です。熱は生きて活動している状態では熱は常に発生しています。そして熱を下げる機構は、皮膚からの自然放熱、呼気への放熱です。
この熱産生量が放熱量より多ければ体温は上昇し、少なければ下降します。ですから生体は、これらの効率を上げたり下げたりして、体温を一定に保っています。

その調節の指令を出している体温調節中枢は、間脳視床下部にあります。
体温が設定値の38.5℃より高いとき、視床下部から、体温を下げるよう命令がでます。具体的には、筋肉を弛緩させ、熱をたくさん作らないようにします。発汗して皮膚からの放熱効率をあげます。皮膚の毛細血管を拡張して皮膚の近くで熱交換しやすくします。四肢を投げ出す姿勢で体表面を増やし、放熱効率を上げます。呼吸を速くして、呼気からの放熱量を増やします。これらを同時に行った結果、産熱量より放熱量が多くなると、体温が下がるのです。つまり高体温に対して生体が行う調節というのは、熱をなるべく作らないようにして、なるべく冷めやすい体にするということです。

逆に、体温が低すぎるとき、視床下部は体温を上げるよう命令します。具体的には、筋肉を細かく振るわせて熱産生量を増やします。皮膚の立毛筋を収縮させて、毛を立てることで、放熱を防ぎます。皮膚の毛細血管を収縮させ体表近くの血流量を減らすことで、魔法瓶のように断熱効果を高めます。身体を丸め、体表面を減らすことで放熱しにくくします。これらを同時に行った結果、産熱量が放熱量を上回り、体温が上がるのです。つまり低体温に対して生体が行う調節というのは、熱をもっと作って、なるべく冷めにくい体にするということです。

さて、この仕組みを知ったことで何が判断できますか?

暑がっているのか、寒がっているのか、見て判断することができるようになりましたね?例えば群の中で呼吸が速い牛がたくさんいる時は、「牛が暑がっている」んです。だから早く暑熱対策をしなければなりません。

下の表を見ると、繁殖牛が快適な温度は10〜15℃。限界は-10〜30℃です。牛舎に温度計をつけたら20℃だったとしても、これで安心ですね。という判断をしてはいけません。

きちんと牛を見て、体温を下げようとしている個体がいないか確認してください。例えば呼吸が速い個体が多いなら、それはやっぱり暑いのです。

教科書と違う現象が起こる原因がおそらく他にあります。もしかしたら温度計のある場所は20℃、牛群内は30℃とか、発酵牛床で温度が高いとかがあるのかもしれません。または非常に熱産生しやすい飼料を使っているのかもしれません。

http://www.pref.kagoshima.jp/ao08/chiiki/osumi/sangyo/nougyou/gijutsu/chikusan_nikuyougyu_bousyo_boukan.html

さてここまでの知識を使って、「成牛と子牛はどちらが寒さに弱いですか?」という質問について考えてみましょう。

快適温度の表をみると、哺乳子牛は13〜25℃と成牛は10〜15℃と、子牛の方が高めになっています。

これは、子牛の方が体格が小さく、体積あたりの体表面積が大きいため放熱しやすいことと、第一胃が未発達のため発酵による熱産生がないからです。

体積が小さい方が速く冷めるという物理法則と、子牛より成牛の第一胃の熱産生量が多いという知識により、「子牛の方が成牛より寒さに弱い」ことを説明できます。

「子どもは風の子」などという先入観を持ってはいけません。生体も物体なのです。

では、牛がもし寒がっている行動を示していたら、飼育者には何ができますか?

そうです。服を着せればいいんです。ここでももし、「牛に服を着せるなんておかしい」などという先入観を持っていたら、捨ててください。目の前の牛が寒がっているなら、放熱を抑える工夫をすればいいのです。

生体も物体であることを意識して、さまざまな調節機構を知って、生体の反応(症状)を観察します。症状は何かの調節を行なっている結果です。そして先入観なく対処することが、動物を上手に飼えるかどうかを左右するのです。

2章 動物の体を理解して上手に飼う

飼育者は動物をうまく飼えるようになるために、新人獣医は自信をもって診断するために、動物がどういうものか理解しましょう。
この章ではさまざま角度から動物の体を解説していきます。

1.動物の基本生理


(1)生体も物体であると理解する


まずはじめに、動物の体も「物体」だということを理解する必要があります。
動物もヒトと同じ環境に居て、同じ物理法則の中にいます。同じ重力、空気の組成、温度、などの影響下にあるのです。
どういうことかというと、
例えば体は熱を与えなければ勝手に体温が下がります。体温が一定に保たれているのは常に熱を加えているからです。風呂のお湯が追い焚きし続けなければ冷めるのと同じです。気温が低ければ、維持のために燃料が必要になります。
また例えば体は重力の影響を受け、体重を肢で支えています。肢が一本折れたら他の肢にかかる負担が増えます。接地面が広くなればそれぞれの足にかかる圧力が減り、狭くなれば増えます。
水中では、浮力が働くため肢にかかる重さが減ります。

当たり前のことを書きましたが、多くの人は動物相手になると途端に当たり前に考えるのが難しくなるようです。ですからこの当たり前を、特に注意して意識してください。
まずは生体も物体であると普通に考えられることが大切です。